うさぎ日記
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2012年05月30日(水) 介護認定変更願い

いよいよ一人で置いておけなくなった母。
歩行も介助なしでは覚束なくなったが、
少し一人の時間が長くなると、外へ出て行こうとする。
一端、転ぶとひとりでは立ち上がれないのか、這って外へ出て行ってしまう。
仕事をしているので毎日デイを利用せざるを得ず、デイから帰ってから仕事が終わるまで、ほぼ一時間ごとに様子を見に行く。
出て行かれると家の外は国道なので、車の往来が大変激しく、歩道を走る自転車も危険だ。
鍵をかければ、パニックになって杖で家中を叩いて回るので、鍵もかけられない。
仕事の合間を見ての見守りも疲れて来た。しんどい。
点数超えの実費負担も馬鹿にならない。
と、主治医に愚痴ったら
「ダメモトで介護認定変更願いを出してみたら。」
と、言われた。

ケアさんに話したら、「まあ、今の状態では介護4は難しいし、曲りなりにでも自立歩行出来ているというところを見られたら、介護が1,2になってしまうかもしれませんよ。
行政のほうは、財政難で介護度を下げよう下げようとしてますからね。」
と、首を傾げられたので、「話を聞かなかったことにしてください。」
と、言って、変更願いのことは忘れていた。

ところ、ケアマネさんから電話があり
「主治医の先生のところへ別の用事で行ったら、何をしているのだ。早く変更願いを出しなさい。と叱られた。」
ということで、今日、市役所へケアマネさんと出かけて変更願いを提出して来た。
市から担当のかたが母の様子を見に来るのだが、お互いの時間の調整がつかず、明後日金曜午前9時から1時間程度、ということになった。
9時から仕事の予定は、もう入っていて変更もままならない。
合い間、にうまくできるだろうか。



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2012年05月29日(火) 車椅子のフィアンセ



認知症になる前に、母がつくった押し花の額。
母が一番気に入っていた作品。



あるかたの息子さん、付き合っていた彼女と結婚することになり、
両家、親戚、友人を招いて婚約披露のパーティーの席上、
急に彼女の気分が悪くなり、救急車で病院へ。
残された御客は「悪阻か?」などと呑気なことを言っていたが、
病名は「脳幹出血」だった。

意識不明のまま集中治療室から出て来た彼女は、治療を続けた結果、
介助があれば、車椅子で外出も出来るようになったが、
自分の意思を伝えることができないひととなった。
回復は難しいと言われた彼女の両親は、そのかたの息子さんに
「婚約を破棄して欲しい。」と、申し出られたそうだ。
息子さんは、「どんな姿の彼女でも結婚したい。」と言われたそうだ。
「5年待ちます。」と、そのかたは相手の御両親と息子さんに告げたそうだ。
「自分で車椅子を操作して、自分のことが自分で出来るようになったら、嫁として迎えます。」
と。
5年後、彼女は回復しなかった。
5年間、彼女の元へ通って、介護にも参加されきたそのかたと息子さんは、
彼女の心中を思うと、身を切られるようではあったが、婚約を破棄したと言われた。
「ほんとうにねー。たとえ車椅子生活でも、最低自分のことは自分でできて、少しでも会話が出来たら良かったんですけれどね。
全部、ひとの助けが必要で、彼女が何を思っているかも解らないのですから。」
「それで結婚生活では、息子さんが可哀そうですものね。」
「そーなんです。彼女も可哀そうだけれど、息子も可哀そう。
 婚約破棄は辛かったですよ。今でもその時のことを思うと辛いです。」

最低限の自分ことが自分で出来ない。意思の疎通が出来ない。
というのは、認知症も同じです。
どんな姿でも、共に暮らすことがどんなに辛くても、そういうひとを見捨てることはもっと辛い。



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2012年05月28日(月) 月曜日は、好きです。




先週がどんなに失敗続きで最悪な日々であっても、
月曜日には、
今週こそ素敵な日々にしよう。と、ワクワクする。

今週もやらなくてはいけないことがイッパイです。



今日の母は、「デイうらしま」から帰って、
午後5時からかるがも先生のリハビリマッサージ。30分程度。

五月は2回で、528円なり。

実費で毎回7500円のお支払いだったことを思うと、格安ですね。
内容もその分、薄くなったようです。


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2012年05月27日(日) 演奏会終わる。

26日土曜日。
演奏会無事終了。
モギッた半券は、302枚だった。
350定員のホールで、24席は主催者の招待客用。
残り326席なので、302名の御客さんなら、上々ですね。

ロビーの係も、リハーサル室の開け閉めも、撤収も、
暗譜で弾けるか心配していた自分の演奏も、出入りの所作も無事に終わり。
何年も参加していなかった打ち上げにも参加できました。




母は土曜の夜は、「デイくまさん」で御泊りでした。
此処は、ショートの施設ではありませんが、延長で、御泊りにも対応してくださいます。
利用者さんの中には、御泊り、御泊りを重ねて、ほぼ入所状態でずーっと過ごしているかたもおられるとか。
このかたの実費は月17万円ほどになるそうです。





明けて日曜日。
演奏会が終わった実感と、母の居ない清々しい朝!
7月の海外公演に向けて、朝からパート練習があり出かける。
昨夜御泊りの母は、今日は夜8時に帰宅予定なので、
午後の練習も最後まで参加できた。

こんなに目いっぱい母を預かっていただけるのは、本当に有り難いのですが、反面、あんなになりたくなかった認知症になってしまって、これまたあんなに行くのを嫌がっていた場所で時を過ごすことになってしまった母を
他所に、こんなに楽しんで良いのだろうか、という思いもよぎる。


でもなー。
主治医とケアマネさんの見立てでは、「特にどこが悪いということでもないので、後10年ないし15年は生きられるでしょう。」
ということなので、このまま母の看取りだけで人生が終わってしまうのも正直悲しい。

などと思っていたら、そんな自分の人生に不満ありげな顔をしてたのだろうか。
25歳の初産時に意識不明になったまま今年50歳になる娘さんを自宅で看取る御両親の話を聞く。
御両親共に、そろそろ御自分達が介護を必要となって来たという。
「どうなるんだろうねー。」
と、話してくださったかたは言われる。
ほんと、どうなるんでしょうね。
意識不明の娘さんには、別居中の夫がいて(意識不明のきっかけとなった初産の子供の父親)娘さんの口座に振り込まれる障害者年金を全て引き出してしまうという。



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2012年05月21日(月) 金環食

午前7時30分、あたりがサーっと暗くなった。
庭の木漏れ日で日蝕をみようと、母を起こさないように、そーと庭へ出ようとしたら、母が「ん?」と言う感じで起きてきた。
日蝕観察はあきらめて部屋から出て来た母をトイレと身支度をさせるために母の部屋へ誘導。

ふと母の部屋の床をみると、いくつもの明るい輪が連なっている。
庭の木立ごしに東の窓からさした光が床に模様を描いていたのだ。
着替えをさせながら、無数に重なった輪が消えるまで眺めることができました。
庭の木漏れ日では、下が芝生なので、こんなに綺麗には見えなかったかもしれない。
起きて来た母に、その時は「ちっ!」と思ったのですが、
こうなると感謝ですね。


2012年05月20日(日) 食事。嗚呼、ジェルヴェーズ!

『居酒屋』(ゾラ)のジェルベーズは、最後にアル中になって死んでいく。
ゾラは、壊れて行く人間を観察しつくして『居酒屋』を書いたに違いない。

母を見ていると、「ああ、ジェルヴェーズがいる。」と思うことがある。
母が、知とか識とか言われるような部分がどこかへ飛び去って、
ただ食欲だけで、食事をしているかのように見える時、
ふとジェルヴェーズを思う。
近所の人々から「こんなものはさすがに食べまい。」と与えられた腐った食べ物をむさぼるように食べたジェルヴェーズは、こんな眼つきで、こんな風に肩をまるめて手掴みで食物を口に押し込んでいたのかな。と、思う。

アル中とアルツハイマー型認知症。
病名は違うけれど、脳に異変が起きていることには変わりがない。
なので現われた行動が似ているということもあるだろう。

壊れても人間は生きるのだね。。人間とはなんと哀しいものだろう。

つづく。



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2012年05月19日(土) 食べる。順序へのこだわり

認知症が進むに従って、母の食事の有様はオカシナなものとなって行った。
認知症のかたは、それぞれ、そのかた独特の拘りのある食べ方をするらしい。
例えば、どんなものでも一度味噌汁に浸してから食べる。というように。

母の場合は、
一つの食材を全部食べてから次へ進む。というのが拘りのようだ。
例えば、炊き込みご飯なら、茶碗に盛られた炊き込みご飯の中から
ニンジンを全部つまみだして食べてから、鶏肉へ移り、鶏肉を全部食べて、次油揚げを全部、
というように、御飯の中から、具を全部拾いだして食べ、残っていないか箸で御飯を何度もひっくりかえし、何も具が残っていない。と納得できたら御飯を食べる。
煮物、炒め物、汁、全て同じように、皿や椀に盛られた料理の具材の一つを全部食べ終えたら、次の具材にとりかかり、というように進んで行く。
材料を細かく刻んだ料理でも、必ず。
ソースをかけて食べる料理でも、まずソースを全部掬って食べてから、本来はソースの味で食べる肉や魚をソース無しで食べる。
パックで買ってきた握り寿司は、まずすし飯の上のネタを全部食べてしまい、白い台だけが並んだ状態にしてから、台のすし飯を食べる。←おいしくないのではないか、と一応声をかけるが、そうしないと気がすまないようで、ひたすら無言で食べ続ける。
寿司もおにぎりも海苔は皮だと思っているのか、丁寧に剥いて食べない。
そしてそのような具合で一つの料理を食べ終えて皿を空にしてからでないと、別の皿や椀へ箸をつけないのだ。
時間がかかってしかたないので、炊き込みご飯とチャーハンはメニューから外した。

食事のオカシサは、これだけではない。(明日につづく。)



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2012年05月18日(金) チケット完売

チケットの最後の一枚が売れた。
これで完売。
とは言うものの50枚のうち11枚を自分で買った。
11枚は、今後もお付き合いを願うかたにプレゼントし、それぞれ快く受け取っていただけたので、それはそれで良し。としよう。

ずーっと、頭の中に引っかかっていた「チケット売らなくては!」が消えた。
疲れた。
チケットが手元から消えたら、すっきりするだろうと思っていたのだが、
思っていたほどスッキリせず、嫌な後味のようなものが残っている。
こんな思いはもう二度としたくない。
先生の公演のたび「今回もチケット完売でした。」という報告がされるが
その陰には、毎回私のような思いをしていたひともいたのだろうな。
と、思い至る。


母の部屋の窓の外はこのような洋風庭です。


日陰部分は、苔が芝生と取って代わりつつあります。
母が元気なころは、草取りなどしてくれていたのですが、
そのうちこの庭でおかしなことをし始めて・・・。
そのころが一番大変でした。
今は、もう庭へ出ることもなくなりました。
そうなってみると、
楽しそうに草取りしていた母がなつかしい。
私の制止を振り切って、ボケボケなことをしていた母もちょっぴり懐かしい。
ちょっぴりですよ。
母のボケボケ行動は、大変だったなあ、イヤだったなあ。
という思いのほうが、懐かしいより遥かに大きいですから。


今日は月一度の母の通院日。
家にひとりで居る母の様子を仕事の合間に一時間おきに見に行き、
用便着替えをすませて午前11時、タクシーを呼び、
主治医の元へ。
「前より太ったね。」と、主治医は渋い顔。
私  「え?そうですか?変わらないと思いますけれど。」
主治医「何キロだと思ってるの?」
私  「52キロくらい?」←前月主治医のところで計ったら52キロだった。
主治医「いやー、私の見るところ55キロはありますよ。」

計りに立たせてみると・・・55キロ!
さすが、医者だ。ぱっと見ただけで患者の体重が解る。
と、感心してる場合ではない。ひと月で3キロの増加ですよ〜。

主治医から食事の減らし方のアドバイスを受け
「ふたりでダイエットしようね。」
と、辞す。



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2012年05月17日(木) 費用のこと

介護は、カネと労力、時間です。
この3つに余裕があれば、心に余裕も生まれ、心に余裕が生まれれば、
優しさも生まれる。
カネと労力、時間がキチキチイッパイでは、介護もぞんざいになりがちです。

現在母は介護度3。介護保険利用単位は26750点です。
これを目いっぱい使って、足りない分を実費負担して、
基本(通院の日は、デイなし)毎日デイ、月二回2泊3日ショートを利用して行こうということになりました。

ショート、デイ共に介護保険の負担分の他に、利用者負担分というものがあります。
食事代とか、ね。
この利用者負担分は、手厚い施設ほど高額です。
現在ショートステイに利用している施設は、上履きと歯ブラシ、コップ以外は手ぶらで来てください。という有り難いところですが、その分利用料はやや割高。
毎月月二回2泊3日の利用で四万円(保険負担分含む)を超えます。
二か所のデイは、それぞれ2万3000円前後。
これでざっと9万円。
プラス実費負担分が6万1000円。
月15万円が、母のデイ、ショート利用に必要です。
これに、リハパン代、医療費、食費、被服費、美容院代。

母が、十年以上御世話になってきたかるがも先生のマッサージは、保険利用のリハビリとして、毎週1回、自宅で行って頂くことになりました。
かるがも先生は、毎回我が家まで母を迎えに来てくださって、終わったら、
また送り届けてくださったのですが、
迎えに来てくだされるまでの時間と、マッサージの後、半日を一人で居ることができなくなったので。
正直、朝、すぐにどこかへ出て行こうとする母を心配しながら仕事し、時間を見計らって母の用便をすませて、かるがも先生にバトンタッチするのは、疲れることでしたので、それが無くなると思うとほっとします。

午後、一人で家にいる母が出歩いて何かあったとしても困るのは母と私だけですが、かるがも先生が迎えに来られた時に母が居ないでは、かるがも先生に迷惑をかけてしまいますものね。
今後は、先生は5時に自宅にお見えになり、母がデイから帰るのが4時か4時半ですから、おお!グッドタイミングです♪

今までも、母がデイから帰った時間を見計らって、様子を見に行っているので、先生をお迎えする準備もできます。


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2012年05月14日(月) デイでの過ごし方

母はデイうらしまへ。



デイうらしまで作った、母の作品。兜とカエル。
たぶん、スタッフさんが90%以上、手助けしていると思う。


午後、母が帰る時間に合わせて、ケアマネさんが6月の予定を決めに来られた。

5月は当地での先生のコンサート開催の御世話などで、施設側が引き受けてくださるままに、便利に利用していたら、介護度3の点数を超えてしまい、実費負担が57、100円になると説明された。
「今日は14日ですが、このまま行きますか?」
と、私の意向を聞きに見えたのだ。
しかし、どう考えても、母はもう独りにして置けない状態なので、
「お願いします。」
と、言う他はない。

一番の泣き所は、母と私の二人暮らしで、私が仕事をしていることだろう。
仕事の合間に自宅へ様子を見に行くといっても、必ず母が一人でいる時間ができてしまう。
「見ていてもらえるひと」を頼む代りに、デイを使うしかない。
乳幼児を抱えて働くママみたいに、私にとってデイは「託老所」なのだ。



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2012年05月13日(日) 合同練習

日曜日。母はデイくまさんへ。
延長、夕食付きをお願いしたので、午後8時に帰宅予定。




私は、月に一度の合同練習に出かける。
新しい曲が増え、秋のコンサートに向けて練習課題曲が7曲になった。
全て暗譜で演奏。
終日練習。
午後7時帰宅。
急いで入浴をすませる。
母が居る時に入浴すると、自分も入るつもりで衣服を脱ぎ出す。
ちゃんと脱げれば、まだ良いのだが、着るのと同じで、
どう脱いで良いのかわけがわからなくなるのか、
メチャクチャな姿で、風呂場へ来ようとする。
母は、毎日デイで入浴しているので、自宅で入らなくてもいいのだ。
と、説明説得しても、当然聞かない。

結局、私は、夜は母がいるので、入浴できなくなった。
母のいない昼の休憩時間に入浴しているのだが、仕事が終わった夜に入浴するほど、疲れが取れないような気がする。
時々、昼休みに所用が入ると、入浴できない日もある。
今日のように、延長デイの日は、夜に入浴できるので嬉しい。


2012年05月12日(土) 魯迅寓居

上海の魯迅公園で、魯迅先生が最後の日々を送った部屋を再現してあるのを見たことがある。
ベッドと衣類を入れた二つの籠があるだけの簡素の極みのような、小さな部屋だった。
それは、魯迅先生という当時の中国で最高の部類であったろうインテリジェンス以外には何も無い部屋だった。
私は、その部屋の有様に深く感動した。

母の部屋の一隅。



私は、無意識のうちに母の部屋のしつらいに、
魯迅先生寓居を模倣していたようだ。



右へ曲がると母の部屋。

午後4時、ショートステイより母帰宅。
「お元気でしたよ。表情がいいですね。」と、報告を受ける。
スタッフさんがいる間は、満面の笑み。
スタッフさんが帰られた途端、仏頂面で自分の世界へ沈殿。
私に「面白くない!」と、訴えているのだろう。
外づらと内づらの違いを安心して吐き出せるのも家族だからこそなのであろう。


2012年05月10日(木) 小さな旅

午後、所用で京都を往復した。
母は今日から2泊3日のショートステイをお願いした。

所用のためといえど、
新幹線に乗ると旅行めいた気分にワクワクする。




車内販売のコーヒーとスィーツが旅行気分を高めてくれる。



京都から帰る車窓にも楽しみがある。


此処は、どのあたりなのか。
広がる水田の向こうに、ぽこん、ぽこん、と山が並んでいる風景が続くところがある。
中国桂林の川下りの後、川に沿って車で戻って来る時に見た風景によく似ている。
宮沢賢治が近くの川岸を「イギリス海岸」と呼んだように、
私は「ああ、裏桂林だなぁ」と中国を懐かしむ。

家に帰ったら、午後7時だった。
母のいない家が、私に「おかえり。お疲れ様」と言ってくれた。


2012年05月07日(月) 取材終わる。



午後4時過ぎから取材がはじまり、30分ほどで無事終了。

4時に母の様子を見に行ったら、母は既にキッチンのテーブルに居た。
帰ったばかりだったようで、バッグもきちんと足元に置かれたままになっていた。
テーブルに用意しておいた饅頭は既に食べ終えて、湯呑のお茶も半分ほど減っていた。
バッグに入っている濡れたタオルと着替えた下着を始末して、もうひとつ饅頭を出したら、早速食べ始めた。

追加した饅頭に気を取られたせいなのか、母は顔を出さなかった。
ほっと一息。

チケットは後4枚。



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2012年05月06日(日) テレビ取材

明日、地元の放送局が取材に来ることになった。

私を、ということではなく、取材されるのは私の音楽の先生なのだが
取材場所を私のところにしたいというのだ。

取材は間近になったコンサートの宣伝の一環なのだ。
先生は地元放送局と同系列の新聞社から後援を受けている。

私には直接関係ない、と言っても、場所を提供する以上、
今日の午後は掃除をしたり、饅頭を買いにいったり、
美容院に行ったり、バタバタ。

心配なのは、取材が母がデイから帰って来た後の時間だということ。
ひとが来ると
「この私が出て行かなくては!」
という意識が衰えないのか、子供が来客を見たがるようなものなのか
母は必ず顔を出そうとする。

取材場所は自宅の隣の事務所なのだが、
母はこういうことには勘が働くらしく、
これまでも顔を出されたくない大事なお客が来た時に、
普段は助けがなくては降りられない自宅玄関の階段を自力で降りて来て、
いきなり事務所へ顔を出したことが何度かあった。
明日こそ、本当に、本当に、顔を出されたら困るなー。

4時に帰宅する「デイうらしま」を時間延長が可能な「デイくまさん」に変更できないか、
打診してみたのだが、無理だと断られてしまった。
あとは、もう無事を祈るしかない。




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2012年05月05日(土) 菜園

連休を利用して、母がデイに行っている間、菜園を作ってみました。




駐車場の脇を2m×2mくらい掘り起こして、
ホームセンターで買ってきたナス、ピーマン、きゅうりの苗を植えた。

そうそう、パセリもひと株。オクラもふた株。
あと、料理にネギを使った時、残しておいたネギの尻尾も何本か。
使い残しのサトイモ4個に芽が出ていたので、これも埋めてみた。

さて、どうなる?


今日の母☆
 今日の母は、デイ(きんたろう改め)くまさん。
 此処は、延長サービスがあって、夜の食事後、8時まで預かっていただけます。
 土日は此処を利用していますが、延長サービスを利用するのは、日曜だけです。
 今日は連休の土曜日、ということで延長サービスを利用させていただきました。
 母には申し訳ないですが、休日、夜8時まで母を見なくてすむのは、本当に助かります。
 


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