実は小学校高学年から中学くらいのころ 本気で探偵に憧れていたのだ。
怪人二十面相シリーズをよみこんで 探偵七つ道具をそろえたり、 クラスで探偵団をつくって 尾行の練習もした。 少年探偵団のラジオはかかさず聴いて 主題歌の楽譜はとりよせた。
そのころ仲の良かった友だちは わたしのことを “あけち”と呼ぶ。 もちろん明智小五郎のあけちである。
あれから 二十年近くたった今でも わたしをあけちと呼ぶ人が ひとりいる。 彼女は東京にいるので、 日常生活は重なっていないのだが、 ときどき連絡をとったり ホントにたまに会ったり。
メールやはがきのやりとりで、 “あけちは元気?” とかいう風に普通によばれると、 ちょっとうれしはずかし ドキドキするのだ。
先日、 ドラマで藤井隆が明智小五郎役で、 “あけちさん!”とか 呼ばれているのをみたら なんとなく くやしい気持ちになった。 彼女を他の男にとられたような気分とでもいおうか?
あけちとよばれると 夜道で誰かにクロロフォルムをかがされても、 あやしい車につれこまれても、 怪物が襲ってきても、 智恵と行動力でなんとか 最終的には大丈夫になるような そんなチカラを持った気になる。
実際そういう危険にさらされる想像をしては そこから華麗に脱する方法を考えてばかりいた。
あたまの中はそればかりで 恋やら彼氏やらそういう色っぽい話からは かけはなれた女子中学生。 ペンライトとか縄梯子とか針金とか そろえてはコーフンしていた女子中学生。
今おもうと あの頃の自分が すこし不憫な気にもなる。
もうすぐ府知事選挙だ。
この人に投票しようかな…と おもっていた人の 選挙カーに出会ってしまった。
でかい音で 名前を連呼して ぼんやり気分よく 歩いていたのに とんだ迷惑だ。
うるせーなあ…とおもって 投票したくなくなってしまった。
選挙カーの効果ってあるのだろうか? 逆効果のような気がする。
もっと 人々の気持ちがゆったりするような 選挙活動の方法は ないものだろうか?
たとえば 候補者の名前を 書いた白いスモッグをきて 候補者と同じ顔に特殊メイクをした人たちが 小声で名前を囁きながら 街を徘徊する方が 一目をひくし 興味をそそられるのではないだろうか?
その人を7人みつけて 声をかけてスタンプを7つ集めたら オリジナルグッズがもらえるとか。
ホンモノをあてた人には ちょっといいものもらえるとか。
そんなのどうかな?
さて、 ロイヒつぼ膏は効果的でしたが、 大型薬局で780円で うっているのをみて ショックをうけた。
きのう 肩にチカラがはいりすぎていたようで、 眼の裏から背中までが カチカチに凍ってしまったみたいで それがなにをしても溶けないのだ。
二日酔セットしか買ったことがない 近所の商店街のくすり屋にいって ロイヒつぼ膏をかった。
バンドメンバーが ロイヒつぼ膏を 首にはりつけたまま練習にきて 「結構効くねん」 といっていたのを おもいだしたのだ。
そうしたら きょうは 静岡のお茶を1パック おまけにつけてくれた。 しかもロイヒつぼ膏は、 1280円の値札がついているのに、 1000円にしてくれた。
二日酔セットの時は 一度もそういうことは なかったのに。
酔っぱらっていないので、 御褒美にちがいない。
これからも 8回に1回くらいは 素面で利用しようとおもう。
さて、 いまから 御褒美に 焼酎でも一杯…。
ひとつ大仕事から解放された。
受験を終えた受験生の気分。 あるいは ギリギリまでがまんして やっとトイレをみつけて 用を足せた時のような、 爽快感。
きょうは おいしいハヤシライスをつくるのだ。
*ちょんすけと住みはじめた時点で ネコを飼えないからだに なってしまったことに気づく。 得るものもあれば 同時に失うものもあるのだ。
2004年01月23日(金) |
さむいさむいさむいさむいさむい |
さむくてうごけない。 ごはんをたべたら あったかくなるような気がするが さむくてごはんをつくれない。 おまけに尿意をもよおしてしまった。
さむいさむいさむいさむいあつい あついあついあついあついあつい
あつくてもうすっ裸になって 扇風機にあたりながら かき氷をたべたいくらいだ。 かき氷風呂で 涼しげな顔をして きーんと冷えたビールのみたいくらいだ。
あついあついあついあついあついあつい もうあつくてあつさむい
心頭滅却すれば火もまた涼し
よし、はばかりにいってこよう。
65になる父と電話をすると いつも、 30年はあっというまだから 時間は大切にしろ、 という話しになる。
30過ぎたらもう人生の秋、 秋なんてすぐくるんやぞ!と。
まだかろうじて20代だというのに わたしを30過ぎ扱いをする。
父のいいたいことは わかるのだが、 わたしには、 自分がその時その時 納得した生き方で精一杯 道をきりひらいていくしかできない。
30過ぎが人生の秋なら おとうはなんなん?
ときいてみたら
若葉や!若葉!
とうれしそうに言っていた。 そうか、若葉か。 いいなあ。
ビデオを何本かみて その合間に本をよんで ごはんを作ってたべて プリンを作ってたべて プリンは前よりはうまくいったけど、 また失敗して。
あまりにも緊張感のない 自分ワールドの生活をしていたので、 外の世界ですごす時につかう部分が 退化してしまって、 バンドの練習だけでも たいへんなエネルギーが必要だった。
こういうこと みんなはないのかな。
どうやって 電車の改札をとおって どうやって 人とあいさつして どうやって 言葉を発するのか わからなくなってしまうような、 あの感じ。
きょうは 少しずつ社会復帰。
はじめてのお店にはいってみたら 妙によく話すおばちゃんが、 自分の人生の話しを急にはじめたので、 びっくりしつつ なるほど…と相槌をうっていたら 最後には 握手とかされてしまった。
今こうしていることは みんなのおかげだから感謝して 生きているんだって。 泣いて過ごすのも 笑って過ごすのも 同じイチニチなら 笑って過ごした方がいいから まいにち笑ってすごすんだって。
もっともなことだとおもったのだが、 それを 初めて会うわたしに 熱弁しているという所が なんとなく 淋しい感じがした。
なんでだろう。
ひとつの大仕事をおえて 焼酎をいっぱいのんだ。
それにしても鋭いなあ。 きょうはいきなり 「将来の夢はなんですか?」 ときかれた。
そういう質問をされるとは 予測していなかったので、 お店とかバンドとか 心理のお仕事とか 結婚とか子どもとか 山の中でのくらしとか 旅とか 小説のドラマ化とか うるるん滞在記とか いろんな野望が 頭の中をかけめぐってしまって まいった。
とにかく幸せなおもしろいまいにちを おくりたいなあ…なんて あたりさわりなく答えてしまった。 でもそれも本当なのだけれど。
焼酎をのみながら 死ぬ時には ひとりぼっちは いやだなあ… なんて 考えてしまった。
わたしはこれから どんな人生あゆむのやら 想像がつかなくて 油断ならなくて なかなかオモシロイ。
プリンをつくったら 失敗した。 カラメルソースが香ばしくなかったことと 蒸しすぎてすができたこと。
外国の絵本にでてくる チーズみたいなみかけで、 味ははちみつ卵みたいで しょんぼりした。
でも 今度はもっとうまくつくれるはずだ。 カラメルソースはもっとよく火を通して 蒸す時間はすくなくすればいい。
なにごとも 人生の プロセスのひとつ。 前向きにいえば 失敗は成功のもと。
最近やっと その意味を カラダがわかってきたような気がする。 頭では あたりまえだとおもっていたのにな。
さて、 とても重要な感じの夢をみたのだ。
ベトナムのような東南アジアの国で、 赤ん坊の自分をひろった。 自分が小さい頃にきていた服の赤ん坊が 人混みの地面にころがっていたので おもわず抱いてしまったのだ。
それは赤ん坊のわたしで、 とてもかわいらしい表情をしていた。 あまりにも腕にぴったりで 幸せのかたまりみたいなオーラをだしていて きゅーっとした。 きっと母はこんな気持ちで 赤ん坊のわたしをだっこしてたのかな…と考えた。
でも、だっこしたものの、 もってかえるわけにはいかず、 また地面におくわけにはいかず、 こんな知らない外国でどうしようかと、 右往左往してしまう夢。
なんだか意味深。
2004年01月13日(火) |
またはじまりにもどった |
風が強い朝です。
新年初ライブがおわって、 ちゅうぶらりんのまんま 夜があけて朝が来て まだちゅうぶらりんのまま、 仕事とか電話とかメールとか いろんなことを 考えなくてはいけないのに どうしようにもからっぽで。
また夜がきて朝が来て ちゅうぶらりん逆さ釣りなものだから 頭に血がのぼりすぎて どうしようかこまっていて、 やっと 地面に足をつけようと決心して 地面に足をつけたところです。
ただいま。
ちいさな男の子の夢をみた。 その子はわたしの一部のように近い存在で、 だけどもとても神聖な感じの 遠いところにいるような少年だった。
わたしは自分のお気に入りの洋服を もっと新しいのにしたいなあ…とおもって、 新しい服を手に入れる。
今まで着ていた服を少年にあずけて 新しい服(それは一着でリバーシブルどころか いろんな柄とカタチにかえられるのだ)に 着替えようとする。
でもにあわないのだ。 柄が気に入らなかったり、 カタチがあわなかったり。 そして、 今まできていた服と同じような色をさがすのだけれど、 ないのだ。 ないないない。
それで、少年にさっきの服は?ときくと、 誰かにあげてしまったという。
ああ、わたしはもともとの服が一番よかったのに。 へんに欲をだしたものだから。 どうにも着る服がなくて 下着のまんまとりあえず布でからだを隠す。 人がどんどん部屋にやってきてどうしようかとおもう。 とてもあせったいやな気持ちで目が覚めた。
少年よ。 いまあるもののよさに気づけってことかね。 欲をだすなということかね。 そうなのかね。
昨年のM1グランプリの ビデオをみながらねむうろうとおもったら コーフンしてねむれなくなったり。 初詣にいってチンチン電車にのったり。
ちょんすけの餌を部屋中にこぼして 足の裏がざらざらしたり。 自転車にのりながら 仕事のアイディアがひらめいたり。 古着屋で安い買い物をしたり。 音楽とか仕事とかこのさきのことを いい風におもいえがいてみたり。 きゅっと引き締まる気持ちになったり。
なんやかんやいって、 しあわせなまいにちをおくっている。
幸せだとおもう瞬間は いつもちょっとせつない。 この瞬間を失ってしまう不安が 同時にやってくるから。
ここ最近は結構幸せな感じだと 自分ではおもっているので へんなクセがついてしまった。
未来の自分が 今の自分のことを ふりかえってエッセイをかくように、 “あのころはこうこうで幸せな日々だった…” と過去形で、今を表現してしまうのである。
それで、 そのあとに、 “でも今もしあわせなのだが” と未来の自分は付け加える。
これで、 未来の幸せも約束されるわけだ。
なんてヨクブカいんだろうなあ。
レンコンが好きだ。 いびつな穴のカタチとか かんだ時の歯ごたえとか あの軽さとか。 わたしはレンコンが好きだ。
彼とはレンコンで出会った。 スーパーの野菜売り場で、レンコンをみながら考えていた。
このふたまたにわかれたレンコンで、 とんこつラーメンの残り汁をふたりですすってくれる人。 そんな彼氏とつきあいたい。
………。
あーアホだ。
きのう、部屋のそうじをしていたら、 一月程前、小説をかくぞ!と燃えていた時期の かきかけのメモが発見された。 その出だしの部分だ。
その時は真剣に書いたらしいのだが、 今みるとおかしすぎてわらってしまった。 レンコンでとんこつラーメンの残り汁を すすってくれる彼氏とつきあいたいって! どんな彼氏だよ。
もしかするとわたしの無意識には そんな欲望がひそんでいるのかしら?
いづれにしても この一風変わった中学生の妄想みたいな こんな小説(とよべるのか?)は ドラマ化されるのは難しいだろうな。
ことしの初あきれでした。
きのうは我が家で “泡盛を飲みながら文鳥をながめて語る会”だった。
沖縄の友が結婚した時に いただいた泡盛のデカ瓶を めでたく開封。
左が一升瓶 真ん中が泡盛のデカ瓶 右がちょんすけ。
文鳥で一句よんだり ミニライブをしたり お腹に温泉マークをかいた人が くねくねしてたり そんな昨夜のことが 遠くの夢の話みたいだ。
みょうに楽しい夜だった。
初仕事がなければ その楽しい感じをもうちょっと あたためていられたのに。
現実の生活がスタートです。
リビングにでていた今週の星占いをみていたら、 獅子座は、 新年早々やらねばならないことが山積みだけど、 いっきにかたづければイイ方向にいく らしい。
3つの仕事とライブとアルバムのことと ともだちと恋人と人生と部屋の掃除と 洗濯と年賀状のお返事と読みたい本。
いっきに やるべ。
一人暮らしのわがねぐらに めいがやってきた。 初めてだ。
急いで掃除機をかけて 空気清浄機もがんがんかけて。
妹夫婦とめいと相棒と よるごはん。
めいはほんとに かわいいなあ。
帰った後も しばらくは 部屋の中がうすピンク色の 感じがしたよ。
あけましておめでとう。 お正月です。 2004年です。 きっと おもしろいい年になるよ。
年末最後のライブが終わって すぐ金沢の家の世界にいった。 家の世界では ばたばたばたと時間がすぎて、 きょうで家の世界は最後。
家の世界は 父や母や妹夫婦やめいっこが ほのぼのとしている世界だった。
一人暮らしのわたし世界とは 随分とギャップがあって 自分の居場所を確保するのに 少々エネルギーが必要。
年末はおせちづくりをして 昔の嫁の気分になり。 新年は知り合いの小中学生も交えて 食卓で卓球をした。 金沢にかえる度に卓球フェンスや ラケット用滑り止めスプレーなんかが 揃っていくので、 おかしい。
めいはどんどん人間らしくなっていて うどんをちゅるちゅるすったり、 バイバイと手をふったり、 うんこがでなくて苦しんだりしていた。
赤ちゃんはほんとにかわいい。 かわいいオーラをだしている。 食卓のアイドル。 でもそうでなきゃ お母さんは あんなにたいへんな 世話をする気にはならないね。
頑固じじいの脂顔で説教たれまくる たばこくさい赤ちゃんだったら きっと世話する気にならないね。
さて、 きょうは約束があって、 ひとりで街にでて わたし世界を堪能。
金沢は 楽器屋や本屋や古着屋やCD屋、 好きなお店がひとところに凝縮しているので好きだ。 ほしかったいろんな種類のものを 買ってしまった。 高校時代によく行ったお店がまだあって ほっとした。 コーヒーがとてもおいしかった。
ああ、 あしたから わたし世界。
家の世界の要素を抱えつつ 仕事とライブとちょんすけと へんてこなひとたちと マイペースのリズム。
今年も どうぞ よろしくおねがいいたします。
魂をきゅっとさせて、 いいもん つくっていこうと おもいます。
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