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2007年12月31日(月) よいお歳を

冷たくて強い風が、1日中、吹き荒れていました。
こんな日は、ずっと家の中。
お正月の買い物はもうすませてあります。
頼んでいたおせち料理が届き、年越し蕎麦を母とふたり、ずるずると食べ、紅白を観ながら私より詳しい母の芸能話に相槌をうち。

今年も穏やかに穏やかに歳が暮れていきます。
今は私の部屋になった場所で、以前は父が除夜の鐘を聴いたとか。
耳をとぎすませて、どこぞのお寺で打たれる除夜の鐘の音を探してみることにします。

本年もありがとうございました。
みなさまのおかげで、私はすこぶる元気です。
今年1年のみなさまのあたたかいあたたかいお気持ちに感謝するとともに、来年もまたこんな私にお付き合いのほど、よろしくお願い申し上げます。

今年、最後になりましたが。

おやすみ。


2007年12月30日(日) 避けてきたもの

今年の3月。
18切符を使って兵庫県の北にある「余部(あまるべ)鉄橋」を見に行く旅を企画していました。
3月いっぱいで取り壊されることが決まっていた鉄橋。
一度、見たかったのです。
浜坂で泊まって、翌日は唯一未踏の地「島根」まで。
2泊3日の小さなひとり旅。
しかも電車の旅は久々だったので、計画の途中からわくわくしていました。

が。
突然の父の死で、その計画は実行できず。
予定していた休暇の3日間は、役所などの手続きで忙しく、旅のことも忘れていました。

その後、新聞で「さよなら、余部鉄橋」という記事を読み、「あぁ、ホントだったら、私もこんな写真を撮っているはずなんだけどなぁ……」と何がホントでどれがウソかよくわからなくなる気持ちに駆られ、余部鉄橋については、あえて避けるようになりました。

そして、あれから約9カ月。
バスの隣に座っていた母が「あれ! ほら!あれあれ! 余部鉄橋や!」と叫びました。
住宅の上を通る大きな大きな鉄橋。
補修工事中らしく、トレードマークの赤はあまり見えませんでしたが、確かに余部鉄橋です。
ちょっとドキドキしましたが、隣で喜ぶ母の姿にこれまで避けてきた余部鉄橋を素直に見ることができました。

「すごいなぁ」

そうつぶやく私の隣で母がきょう覚えたばかりのケータイのカメラで写真を撮っていました。

「カシャッ」

母の撮るケータイカメラの音をきっかけに、決めました。

『悲しみ』へのこだわりは、来年はできるかぎり、捨てよう。

いえ、捨てるというと語弊(ごへい)があります。
「思い出の宝箱」に入れるのです。
おだやかに、おだやかに。

おやすみ。


2007年12月29日(土) そうじ

大掃除で、ぴっかぴか。
今年も、毎年の恒例行事をすませることができて、よかったです。

今年は毎年大掃除を仕切ってくれていた掃除大臣が多忙で、代わりにお掃除パパが人集めをしてくれました。
おかげで、忙しい間を縫って、いつものメンバーが入れ替わり立ち変わりでしたが、なんとか集まりました。
頼もしい助っ人も登場。
歳の瀬の喧騒のなか、どうもありがとう。

時の経過につれて、大切なことの大きさは変わらずとも、優先順位が変わるのは仕方がないこと。
とはいえ、毎年いる人がいないことには、一抹の寂しさを感じます。
そんなふうに思っていたなか集まったいつものメンバーと初登場の助っ人。
おかげで、今年も心強く楽しく掃除ができました。

人と人とのつながりが普遍でないのは、知っています。
だからこそ、毎年の恒例行事をたいせつにしたいと思います。

とはいえ、私がこの恒例行事から離れるときはそんなに先ではないことも知っています。
だからこそ、たいせつに。
たいせつに、たいせつに。

おやすみ。


2007年12月28日(金) 朝型のはず

まだ、早起きができません。
どうしたのでしょう。
来年は、今年よりもっともっと忙しいのに困ります。

朝型の私。
戻って、こーーーい!

おやすみ。


2007年12月26日(水) 紙ひこうき

荒井由実さんの歌に「ひこうき雲」というタイトルの歌があります。
実際に早世した旧友を思って唄った歌だとか。
歌詞のなかに、「あまりにも若すぎた死だけど、しあわせ云々」という内容があります。
この曲を初めて聴いたとき、このくだりがよくわかりませんでした。
幸せだったと思うのは、残された人たちが後から自分を慰めるために勝手に決めつけているだけのような気もしました。
死人に口なし、ですから。

そのときから20年近く経ちますが、いまだにわかりません。
ただ、わかったことは、死ぬ直前でも幸せを感じる力が人間にはあるんだということ。
わかった、というより、これも自分自身を納得させるために勝手に想像しているだけにすぎませんが。

きょう、ポストに切手の貼られた紙ひこうきがまぎれこんでいました。
いわゆる変形のハガキです。
このハガキを作った作者の遊び心と、このハガキを私に出してくれた後輩に。
ありがとう。

おやすみ。


2007年12月25日(火) 多忙につき

もう、何にも考えられない。

おやすみ。


2007年12月24日(月) 短い日記

朝から晩まで、働きました。

おやすみ。


2007年12月23日(日) 羨望

クリスマスを家族で祝うって、ステキな家族なんだろうな。
うらやましいね。

おやすみ。


2007年12月22日(土) 常識って?

お箸の左右が違うって、なんで、いけないの?

おやすみ。


2007年12月21日(金) いつもと違うこと

友の家で目が覚めました。
酔っ払って、友の家に泊まるのは、ホントに久々。
帰巣本能が激しい私は、どこにいても、どんなにお金がかかっても、タクシーで家に帰ろうとします。
そして、帰らせてくれます。

ところが、きのう、いっしょに飲んだ友たちは、私をタクシーに乗せてくれませんでした。
それが、とてもうれしいな、と思ったきょうの朝。

つながって、いたいな。
いつまでも。
この友たちと。

さ、楽しんで、いきましょう。
おやすみ。


2007年12月20日(木) 解放感

爆発寸前のところで、肩にずしんとのしかかっていた「荷物」が少し降りました。
きょうは、ホントは予定があったのだけど、それを延期して、いっしょに「荷物」を抱えてがんばっていた友と飲みに行きました。

あぁ、楽しかった。

途中から、もうひとりの友も合流。
あっちに行ったりこっちに行ったり。
私のわがままにつきあってくれたり、私のわがままをうまくコントロールしてくれたり。

やさしいな、みんな。

そんなことを思いながら、久々に「外泊」。

この、妙な解放感をじっくりと楽しんで、明日の糧にするとしましょう。

おやすみ。


2007年12月19日(水) 1行日記

そろそろ、爆発しそう。


2007年12月18日(火) 短い日記、つづく

がんばってます。


2007年12月17日(月) 願望

どうしよう。
もう、倒れそう……。

いえ、倒れたい!

おやすみ。


2007年12月16日(日) こんな日

日曜日。
しっかり、ハタラコー。


2007年12月15日(土)

寝ても寝ても、まだ眠い。
こんなことって、普段の私にはありえません。
休みの日も早起きな私。
でも、よっぽど疲れていたのでしょう。
いつまでもいつまでも、何度も「二度寝」を繰り返しました。

あぁ、癖になりそう……。

おやすみ。


2007年12月14日(金) 自問

やっと、金曜日。
でも、やること満載。
さて、どうするよ。

おやすみ。


2007年12月13日(木) あいさつ

おやすみ。


2007年12月12日(水) 言い聞かせる

人と比べても、はるかに自分の技術のなさに、ずしんとくる毎日。
不器用さんは、一生、治らない……か。

不器用は治らないけど、努力することで克服できる。
そう思ってはいたけれど、今はその努力の時間もありません。

でも、なんとか、がんばるっ!
がんばれる!!

おやすみ。


2007年12月11日(火) 慣れ

あんまりにも疲労しすぎていて、誰かを傷つけても自覚していないかもしれません。
そんなことを思うきょうこのごろ。

早く生活に慣れたい。

おやすみ。


2007年12月10日(月) 最近

家に帰るとだいたい0時。
朝は6時半には家を出ます。

日中は心身ともに、ハードな毎日。
疲れが表面に出るのも仕方ありません。

でも、今日はちょっと出すぎだったかな。

おやすみ。


2007年12月09日(日) 畑の大根

土の中の大根って、掘るものではなくて、抜くものだったんだということを、生まれて初めて知りました。
なんとなく「大きなかぶ」という絵本を思い出したきょう。

おいしい大根を、ありがとう。

おやすみ。


2007年12月08日(土) いつもの宝物

さて、いよいよ毎年恒例の忘年会がやってきました。
「一芸披露」の会です。

早めに来て、準備をしてくれた仲間たち。
忙しいのに、どうもありがとう。

みんなが準備しているなか、私は「今年の手紙」を書き上げました。
1年に1度、「あなた」へ書く手紙。
もう7通目です。

感情が入りすぎて、なかなか筆が進みませんでしたが、時間切れ。
いつも以上にテンポの悪い内容になってしまったけれど、仕方がありません。
それでも、伝えたい気持ちをいっぱい込めました。

開会ギリギリに会場につき、乾杯に間に合いました。
テーブルにはみんなが作ってくれた料理がところ狭しと並び、あちこちで再会を喜び、互いの近況報告に花が咲いていました。
でも、みんなどことなく緊張の面持(おもも)ち。
自分の一芸が終わらなければ、どうもくつろげないようです。

そんな緊張感あふれる会場で、いよいよ一芸披露が始まりました。
見知った顔しかいないのに、妙に緊張するこの会。
その緊張が、聴いている人たちに感動となって伝わります。
歌を歌う人、マジックをする人、旅の話をする人、写真を見せる人などなど、盛りだくさん。

私の出番は2部の最初のほうでした。
毎年、私は、みんなへの感謝の気持ちと、みんなから送られてくるあたたかい気持ちで心がいっぱいになって、歌の途中から泣いてしまいます。
でも、今年は、いつもの年とは違います。

今年、私が選んだ歌は、私の琴線(きんせん)に触れる歌でした。
そして、みんなに伝えたい「感謝の気持ち」だけでなく、ずっとずっと表現することを避けてきた「悲しい気持ち」を、会場のみんなにぶつけました。

このあたたかい気持ちをもつ人たちなら、ここに集まった熱い気持ちを持っている人たちなら、きっと受け止めてくれる。
そう信じて。

今年は、歌にも手紙にも、いつもよりも思いが強すぎて、最初から最後までずっと泣きっぱなしでした。
泣きながら唄いました。
泣きながら伝えました。
そして、泣きながらみんなのあたたかいあたたかい気持ちに触れました。
あぁ、聴いてくれてありがとう。
あたたかい気持ちを今年もありがとう。

自分の出番が終わってからは、いつものように飲んだくれ。
帰りはみんなに心配されながら、自転車に乗り。
冬の風の冷たさを、全身で感じながら、きょうのことを振り返り。

 今年も、唄えて、よかった。
 今年も、あの場所で、みんなに会えて、みんなと思い出が共有できてよかった。

宝箱に入れる思い出を、ありがとう。


2007年12月07日(金) 見つけたの?

「どこかに、写ってないかな。どっかにおらんやろか」

そう言って、ポジフィルムを食い入るように眺めていた女の子。
彼女の送別会の写真です。
アメリカに留学する彼女の送別会に集まった数十人で撮った集合写真。
翌日できあがってきたその写真を見て、彼女は言いました。

「どこかにいるはずや」

彼女が探していたのは、彼女のために集まった数十人の面々の誰かの顔ではなく、彼女の「師匠」であった「彼」の姿でした。

「どこかにいる。ぜったい、いる!」

血眼(ちまなこ)になって1枚の写真のすみずみまで探し続ける彼女の姿が、むしょうに切なくて、思わず私もいっしょに探していました。

「どこかにぜったい、写っているはず……」



きょう、いきなりそのときの写真が出てきました。
あのときの歌と集まった仲間たちを懐かしく思うと同時に、いまだに「どこかにいる」というあのときの彼女の言葉のとおりに「彼」を探している自分がいました。

あまり長くその写真を見つめていることができず、それでもふと思いました。

 あのとき、彼女は「彼」の姿をどこかに見つけたんじゃないのかな。

それは、今はもうアメリカ国籍になっている彼女にたずねてみないと、わかりません。

おやすみ。



2007年12月06日(木) がんばるきっかけ

宅配便が届きました。
大きな荷物です。
ちょっと急いで、でもていねいにガムテープを切りました。
フタを開けると、あぁ! 紙のにおい……。
校正刷りの手触り。
赤の入った原稿。

年に一度、この時期に仕事を頼んでくれる人がいます。
私を思い出してくれたことがうれしかったこと、紙のにおい、ゲラ(校正刷り)の感触に全身で喜んでいること。

私って、やっぱり編集畑の人間なんだな。

ふと、そんな現実に気づき、それをまたうれしくも思うのでした。

だから、がんばる。

おやすみ。



2007年12月05日(水) 中途半端

母に「刺身の盛り合わせ」を買って帰りました。
デパ地下で。

刺身の好きな母。
以前はほとんど毎日食べていました。
今は、近所においしい刺身を売ってくれるところがなく、あまり食べているところは見かけません。

「まずは、鯛からいこかな」

そうつぶやきながら、鯛をぱくり。

「こりこりしておいしいわぁ」

おいしいのか、よかったよかった。

「次は、サーモン」

宣言しながら、サーモンをぱくり。

「あんたもサーモン、食べなさい」

そっか。サーモンはあんまり好きじゃないのか?

こんなふうに、なんだかんだとつぶやきながら食べ進めていきます。
そんな母をみるのは、私のシアワセのひとつです。

年末は、母とカニを食べに行きます。
父がいたころは、母とふたりでこっそり食べに行っていましたが、今回は堂々と行けます。

楽しんで、こよう。

眠気に負けて、おやすみ。


2007年12月04日(火) いやになるくらい

忙しい。


2007年12月03日(月) 年越し

12月になって最初の月曜日。
あと1カ月ですね。

おやすみ。


2007年12月02日(日) 計画

中学校を卒業するとき。
ひとつの詩を、覚えました。
それは、私の大好きだった国語の教師が、授業中、何度も板書をし、何度も私たちに聴かせ、そして、何度も私たちに音読させた彫刻家・高村光太郎の詩でした。

「道程(どうてい)」

 僕の前に道はない
 僕の後ろに道は出来る
 ああ、自然よ
 父よ
 僕を一人立ちにさせた広大な父よ
 僕から目を離さないで守る事をせよ
 常に父の気魄(きはく)を僕に充たせよ
 この遠い道程のため
 この遠い道程のため

今、テレビでワールドカップのバレーボールを放送しています。

何かから逃れるかのように部活に青春時代をささげた日々。
「私は不幸じゃない」と言い聞かせていた毎日。
そんなときに、ふと思い出した、この詩。

 私は、ひとり立ちさせられたんだな。
 自然に。父に。

自分の人生を、これからどうやって生きるか、思い悩んだ高校時代。
私は、そのとき描いた人生を、歩んでいるのでしょうか。

理想と現実は、どうも異なるようで。

おやすみ。


2007年12月01日(土) 聴いて。

ほぼ1年ぶりに、ギターに触れました。
今年、唄いたいひとつの曲を練習。

練習、といっても楽譜がないため、唄いながら必死でコードを探しました。
しかも、私が押さえることができるコードだけを選んで。
だから、選択肢はほとんどありません。
それでも、なんとかごまかしのきく範囲でコードを拾うことができました。

コードを押さえる左手の指の腹が、あっという間に痛くなりました。
それでも、何度も練習をしました。
だって、私が練習できるのは、きょうしかありません。

「うまく唄いたいなら、まずコード進行を覚えるんだ」

ギターを弾いていると、ときどき、耳元で声がするような気がします。
そして、イッキにあの年の初夏に引き戻されます。

海を見ながら、そよ風に吹かれながら、縁側で……。
白い花を眺めながら、まだリハビリの途中だった足をひきずりながら、初めて弾くギターを……。


あぁ、私は今年も、唄います。
私にかかわるすべてのことに、感謝をしながら。

どうぞ今年も、私の「たわ言(ごと)」を、聴いてやってください。
あの場所に集まる、あたたかい、あたたかいみなさま。

おやすみ。


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