紫
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今日で5月ももう終わり。
早いね。
きょうこそは……!
と思い、父の大工道具の整理を始めました。
正確にいえば、始めようとしました。
そして、やっぱり、無理でした。
父の大工道具箱を開けると、やはりそれは、おさないころから知っていた父の匂い。
木の香り。
それに持ちこたえながら、道具の整理を始めました。
いえ、始めようとしました。
そして、ふたたび、無理でした。
単なる長い棒だと思っていても、名前が彫ってあったり、ドライバーのようなものがたくさん見つかっても、どこか家庭用のドライバーとは風貌が違っていたり。
思い切って捨てられたらいいのですが、「捨てることはいつでもできる」という考えを持っている私には、捨てられません。
そう。
捨てることはいつでもできます。
いつでも、できるんです。
ちょっと、ハード。
おやすみ。
北の大地から届いたアスパラガス。
母が、朝ごはんにゆがいてくれました。
味が濃くてやわらかくって、おいしかったです。
母も喜んでいました。
よかった。
母が喜んでいる。
母を喜ばせてくれて、ありがとう。
ありがとう。
おやすみ。
久々の東海自然歩道を歩きました。
滋賀県の山、太神山(たなかみやま)600メートルです。
湖南(こなん)アルプス、という場所があるのですが、東海自然歩道はアルプスの横の山道を通っているので、アルプスには行きません。
でも、けっこう登りが激しかったり、車道を歩いたり、と変化に飛んだコースでした。
バスの時刻が変更されていたり、冷たい飲み物と思って買った自販機のジュースが、なぜかかなりHOTだったり、と個人的なハプニングはありましたが、今回も楽しい楽しい東海自然歩道。
ビールも飲めたし、第一旭のラーメンも食べられたし、なんにも言うことありません。
山。
やっぱり、いいですね。
おやすみ。
ぽろ、ぽろ、ぽろろ。
大きなおにぎりが、4つ、できあがりました。
そのとなりに、小さなおにぎりが2つ。
あした、この大きな大きなおにぎりを持って、ハイキングです。
小さなおにぎりの行方は、知りません。
でも、とてもとても楽しみなのです。
いい天気だと、いいね。
おやすみ。
夜、21時ちょっと前から、とある会合に出かけました。
あっさり2時間ほど飲んで帰ってきましたが、行ってよかったな。
というか、このほうが、寝る確率が少なくて、いいのかも?(笑)
また、ゆっくり、飲もうね。
おやすみ。
夏に行く大きな山に向けて「申し込み」をしました。
みなさん、もう、逃げ隠れできませんよ。
おやすみ。
日本の3000メートル級を越す21座です。
とりあえず、覚書、ということで。
ピークハンターではありませんが、ピークハンターになってみたいな、とも思います。
目標は、「高く」ね。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
富士山(ふじさん)3776m
北岳(きただけ)3192m
奥穂高岳(おくほたかだけ)3190m
間ノ岳(あいのだけ)3189m
槍ケ岳(やりがたけ)3180m
東岳(悪沢岳/ひがしだけ)3141m
赤石岳(あかいしだけ)3120m
涸沢岳(からさわだけ)3110m
北穂高岳(きたほたかだけ)3106m
大喰岳(おおばみだけ)3101m
前穂高岳(まえほたかだけ)3090m
中岳(なかだけ)3084m
荒川中岳(あらかわなかだけ)3083m
御嶽山(おんたけさん)3067m
農鳥岳(のうとりだけ)3051m
塩見岳(しおみだけ)3047m
仙丈ケ岳(せんじょうがたけ)3033m
南岳(みなみだけ)3033m
乗鞍岳(のりくらだけ)3026m
立山(たてやま)3015m
聖岳(ひじりだけ)3013m
とうとう私の母校も休校になりました。
なぜなら「麻疹(はしか)」で。
かなり猛威をふるっているようです。
大事に至らなければいいのですが。
今朝、母校の映像をニュースで見たからでしょうか。
きょうは、なぜか学生時代のことが思い出されました。
父の車からおろした大工道具の整理をしました。
知人宅で預かってもらっている状態。
早く片付けないと。
でも、整理を始めてすぐに手が止まりました。
私には、どうにもできません。
わからないのです。
どれをどう処分すればいいのか。
いえ、胸が詰まって、どうにも作業が進まない、というほうが正しいのでしょう。
ただ、わかることは、この大工道具を使って、一生懸命にお金を貯めて、私を大学に行かせてくれたこと。
高校の学費でさえも必死で払ってくれたのに。
麻疹が大流行しています。
うつらないように、気をつけましょう。
まとまりはないけれど、これでいいのです。
おやすみ。
「吸引」の講義を受けました。
それは、やっぱり父の最後のときを思い出させました。
ほんのすこし、胸を詰まらせながら、あんまりにも自分がうまく吸引の流れをできないことを腹立てながら、そんな私に、周囲のみんなの屈託のない笑い声が、妙に心苦しくて。
そんなとき、隣にふと、友が立ちました。
ただ、偶然、隣にきてくれただけなのですが、なんとも心強くて、今にもあふれそうな涙をこらえることができました。
私は、いつまで、こうして、あのときの「決断」と「苦しみ」に、突如として襲われるのか。
「吸引」をしてもらっていたときの父は、意識がありました。
「咳をして」という母に促され、「ごほっ。ごほっ。」と痰を出していました。
いつまでたっても、こんな話でごめんなさい。
あのときのことで、思い出したことは、すべて、記録しておきたいのです。
いつか、私の役に立つように。
いつか、父の死に納得できるように。
おやすみ。
きのうは、父の2回目の月命日でした。
家に帰ると、仏壇にろうそくがつけられていました。
短い短いろうそく。
きのうはずっと、ろうそくの灯をたやさなかったのでしょう。
1週間ほど前に贈った母の日の花が、そろそろしおれかかっていました。
やっぱり、花屋に寄ればよかった。
毎日を、そしらぬふりをして送ろうと思ったけれど、やっぱり「悲しみ」には立ち向かわなければいけなくて。
かといって、乗り越えようとは思いません。
悲しみは、いつまでもいっしょに生きていくことで、それが、喜びでもあるのです。
そう。
そうなのです。
おやすみなさい。
今年もまた、京都の山「大文字山」に行ってきました。
数年前に連れていってもらってから、この山、私のお気に入りの山、になりました。
お気に入りの山だから、何度でも登ります。
お気に入りの山だから、友にも同じ気持ちを味わってもらいます。
子どものころから大文字を見てきた私。
山科側から登り、山頂を少し過ぎ、火床に着いたときの感動を今もよく思い出します。
今日も、大文字の「大」に到着したとき。
みんなのほうを振り返りました。
みんな、笑顔でした。
おそらく、私が初めてここの景色を見せてもらったときと、同じ笑顔なのでしょう。
いい笑顔にさせてくれる山に、人に。
今日もいっしょにいてくれて、ありがとう。
おやすみ。
疲れた。
おやすみ。
近所のスーパーでお買い物。
週末にハイキングに行くので、その準備。
久々です。
山で食べられそうな食材を物色しながら、吟味に吟味を重ねてかごに入れていきます。
なんだかホントに、久々です。
久々すぎることに、ときどき胸がきゅうっとなるけれど、それはそれでいいのです。
だって、仕方がないことだもん。
これから、私の山の季節が始まります。
できるだけ、楽しみます。
おやすみ。
大阪の「京橋」にある屋台に飲みに行きました。
最近、有名らしくて、かなり並んでいましたが、私とほかの友2名は遅れていったので、到着したらすぐにテーブルに案内されました。
並んで待っていてくれた友たちに感謝です。
肴の味は値段並でしたが、みんなで立って飲むビールはうまかったです。
その後、おそらく大阪で初めて「マクドナルド」に入りました。
そこで、またみんなでわいわい。
涙が出るほど笑って、あしたのことを考えて早々に帰宅。
なんだか、いい1日。
名目は「打ち上げ」だったのですが、いったいなんの集まりだったのでしょう。
ま、深くは考えず。
おやすみ。
「はしか」が流行っているそうです。
しかも「おとな」に。
ワクチンをしていても、かかるケースが多いとか。
私も3歳のころ、ワクチンをしました。
そのときのこと、今でもはっきり覚えています。
医者泣かせだった私。
泣きわめくだけでなく、かたくなに腕を出しませんでした。
看護婦さんが出すおせんべいにも手を出さず。
無理やりに、腕を引っ張り出されて、あっという間に「ちくっ」と刺されました。
痛い、というより、びっくりして、わんわん、わんわんと泣きました。
それはさておき。
はしか。
おとなが「はしか」にかかるようになったのは、地域での自然な感染症の流行が少なったことが原因だそうです。
ワクチン接種後も、ウイルスに接することで免疫が強化されてくるはずが、その肝心のウイルスに接する機会が減ったからだとか。
そして、いまはワクチンは10年程度しか効果がないといわれています。
私もそろそろ、というか、もうとっくに危なかったりして。
とにかく。
どんな小さな病気にも、かかるわけにはいきません。
人に迷惑をかける体になってはいけないのです。
おやすみ。
エルエルビーンでお買い物。
ちょっと楽しかったな。
おやすみ。
「百貨店の苺なんて、ひさしぶり」
キッチンから、母の声が聞こえてきました。
近所に安い市場があるため、ほとんどをそこで買い物してしまう母。
百貨店のつぶそろいの苺は、久々だった様子。
今日は母の日。
何をあげようか、悩みに悩んで果物を数種とアレンジされたブーケにしました。
さくらんぼの女王「佐藤錦」を探しましたが、なんと1万円。
予算ではありましたが、さくらんぼだけにそれだけ払うのも……と思い、すぐ隣にあった1500円20粒ほどの「佐藤錦」を買いました。
だって、食べるのは母だけだもん。
これくらいで、いい。
そのほか手ごろな果物をあれこれ選んで、感謝をこめてプレゼント。
ブーケはさっそく祖父と父のいる仏前に飾られました。
毎年、母は父に「こんなのもらった」と自慢していたのですが、今年は自慢する相手がいません。
でも、やっぱりうれしそうな母の表情に「早めに帰ってきてよかった」と思いました。
いつまでも、元気でね。
おやすみ。
車に積んであった荷物をおろしました。
父が大事にしていた大工道具です。
私には宝の持ち腐れですが、売るほどのものでもなく、誰かにあげる気にもなりませんが、ひとまず片付けました。
父が乗っていたのは、ほんの半年ほどだったけれど、木屑の匂いがしています。
私が幼いころから知る父の匂いです。
車の中から、ビールやお酒の缶がぽろぽろと出てきました。
母に内緒で車の中でこっそりお酒を飲んでいたのでしょう。
なんだかおかしくなりました。
午後からガソリンスタンドで洗車。
1575円のコースで、外も中もキレイにしてもらいます。
父はよく私の車にもワックスをかけてくれていました。
「おい、キー、貸せ」と言って車を出し、「キレイになったぞ」と誇らしげに帰ってきました。
たった半年あまりだったけれど、父が乗っていた車です。
そしてその前の7年間、私が乗っていました。
この車でホントにいろんなことがあったなぁ、と思い出にひたりながら、ガソリンスタンドのお兄さんたちが、4人がかりで私の車を掃除してくれる姿を見つめながら、きょうが快晴でよかった、と思いました。
車を買ってくれた知人を駅まで迎えに行き、そこでキーを渡しました。
ひととおりの車の説明をして、お金を受け取りました。
そのとき、ほんのちょっとだけ、動揺していたような気がします。
その夜。
車が、走り去っていく姿を見届けたかったけれど、残念ながらできませんでした。
でも、どうせまた「会える」し。
「ごめんね。ありがとね」
ただ、気持ちだけをベッドのなかでうすれゆく意識のなか、父と私の愛車に送り続けました。
さよなら。
飲み会でした。
例によって例のごとく、酒に飲まれました。
でも、それは今に始まったことじゃないんです。
いいんじゃない?
酒に飲まれて、楽しいんだったら。
人に迷惑?
かけられたってそのときにいっしょにいた人が思えば、それはそれで仕方がないかな。
ただ。
ただ。
今は何にも考えずに眠りたいんです。
おやすみ。
おやすみ。
きょうは、父が生まれた日。
11人兄弟の末っ子の父。
両親より、長男夫妻に育ててもらったとか。
でも、ホントにかわいがってくれたのは……。
「七番目に生まれた『なつ』さんや」
そんな父の言葉を思い出しました。
父の誕生日。
ハッピーバースデー。
水曜日。
母といっしょに夕食。
そんな習慣になりつつあるこの1カ月あまり。
夕食、といっても、外食ではありません。
母の作ってくれたものを、いっしょにテレビを観ながら食卓を囲むだけ。
父と祖父のいる仏壇もよく見える部屋で。
そんな水曜日。
大事にしないと、ね。
おやすみ。
いつもの仲間と、お弁当タイム。
ちょっとみんなの様子がおかしいことに気づきました。
「あ……、さては……」
きょうは私の誕生日。
きっと何か準備してくれているんだろうな。
サプライズ好きな私は、ついつい自分のサプライズに事前に気がついてしまいます。
さぁ、どうしよう。
どんな顔をしようか。
きっと「ハッピーバースデー」とか歌ってくれるんだろうな、などなど考えながら、お弁当の席に座りました。
すると……。
だれかが私の頭にいきなりダンボールでできた手作りの活火山・富士をかぶせ、いきなりみんなで歌い出しました。
「たんたんたんたん、誕生日♪
たんたんたんたん、誕生日♪」
あまりにもイレギュラーな演出に、もうおかしさとうれしさとがいっしょになった笑いが止まりません。
ひとしきり笑ったあと、プレゼントもありました。
なんと、私が先日まで「失くした〜」と言っていた爪切り。
もちろん新品です。
私の「言葉」を覚えていてくれた友たちの存在が、とてもとても、うれしかったです。
夕方、いつもの洋食屋さんに行きました。
あんまりにも睡眠不足だったので、早々に帰るつもりが、パソコンのメンテナンスをしていたらちょっと遅くなりました。
「あらあらあらあら……」
よく遊びに行く友がやってきました。
遠方に住んでいるのでウイークデーにはめったに会わないのにフシギ……と思っていたら「お誕生日、おめでとう」と花束とプレゼントをくれました。
「え゙ーーーーーーーーっ!」
遠路はるばるやってきてくれた彼女の気持ちにおおいに感謝。
そして、そこに居合わせた私の気の置けない友たちに、私の記念日にいっしょに時を過ごしてくれたことにも、感謝。
うれしい、うれしい、を抱えて帰ると、テーブルの上にフラワーアレンジメントが……。
「お誕生日、おめでとう」のメッセージカードと、焼酎が。
ごめん。
もう、堪忍。
誰もいない部屋でひとり、とめどなくあふれる涙をぬぐうことなく、この感謝の気持ちをどこに向ければいいのかわからないまま、今年の私の誕生日をこんなふうに祝ってくれたことが、とてもとても、とてもうれしくて。
シアワセ者です。
おやすみ。
「カンパ」ってなんでしょう。
「お祝い品を渡したいので、カンパをお願いします」と言われました。
もちろん、それには大賛成。
でも、名前と金額をチェックされます。
出していない人は、催促までされています。
カンパって、そういうもの……?
いったい、カンパの語源って?
で、さっそく調べました。
「カンパ」とはロシア語の「カンパニア」からきているそうです。
政治活動・労働争議・罹災者の援助などのために、資金を広く大衆から集めること。また、その呼びかけに応じて金を出すこと。また、その金。
<http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A5%AB%A5%F3%A5%D1&kind=jn&mode=1>
などなど。
政治活動、か……。
では、やっぱり記名式でないとまずいのかな。
だから、催促してもいいのかな。
なんとなく腑に落ちませんが。
おやすみ。
夜になって、電話がありました。
早起きの母は、もうすっかり寝てしまっている様子。
仕方がないので、受話器をとりました。
「きょう、届いたよ、云々」
父の岩手の実家からでした。
父の兄弟・親戚は、みんな岩手にいます。
父だけが岩手を離れて、どんどん南下してきました。
四十九日が終わり、お香典へのお返しが届き出したようです。
「みんなのところにも届いたから」
実家といっても、電話をくれたのは私のいとこです。
いとこといっても、私の母よりも年上です。
最初は、私を母と思って話していたようですが、途中で私が「娘です」というと、声色まで変わって、なんとも懐かしがってくれました。
そう、私はこの電話の主に、ずいぶんとかわいがってもらいました。
彼らが元気なうちに、また岩手に遊びに行かないと。
おそらく、父といっしょに育ったいとこたちに、父の話を聞かないと。
「また、遊びに来て」
そんな社交辞令なセリフを、ホントにするのが、私の得意技です。
岩手へ。
ふるさとをたずねて。
おやすみ。
四十九日でした。
朝からお花やおまんじゅうなど買出し。
ちょっとあわただしいなか、お寺さんが到着しました。
葬儀のときと同様、とても気さくでおだやかで、形式にこだわらず、何も知らない母と私にていねいにわかりやすく、四十九日のすすめかたを教えてくれました。
母がずっと懸念していたことも、すっかりおさまりがつきました。
耳に親しい「般若心経」を唱えました。
色即是空(しきそくぜくう) 空即是色(くうそくぜしき)
私の好きなお経に心地よさを感じながらも、いろんなことにこだわりすぎな私を、このお経が解き放ってくれればいいのに、など思いながら、経文の文字を追いました。
これまで、とある理由により神社仏閣に手を合わさないできました。
たぶん、これからもそれは続くでしょう。
それは、私が無宗派を通しているわけでも、神を信じていないわけでもありません。
驚かれるでしょうが、むしろ、仏教の歴史は私の興味をくすぐるところでもあり、神は存在すると思っています。
お経が終わりました。
父の位牌とお骨が仏壇に入り、四十九日が終了。
母がようやく、ほっとした表情を見せました。
まだまだ、やるべき手続きはたくさんあるけれど、これからはもう少し気楽な気持ちになっていけるのでしょう。
きょうは、とっても暑い日でした。
暖かい日、ではなかったことに、季節の神様へ感謝をしながら。
おやすみ。
きのうと、きょうと。
1日中、立ちっぱなしで、非常に疲れました。
学生時代は、夕方17時から明け方4時過ぎまで、ほぼずっと立ちっぱなしでバイトをしていました。
かなり疲れます。
そのときのことを思うと、きょうの疲れは平気なのですが……。
それでもやっぱり。
疲れたーーーーっ!
なんだか、いろんなことを考えます。
考えるのは、いいことなのか。
それとも、考えないほうがいいのか。
ちょっと息苦しくて。
おやすみ。
岩手山で、ご夫婦が遭難死されたそうです。
遺族のことを思うと、胸が痛いです。
「天気」が急変したのが原因だったとか。
どんなに装備が充実していても、自然現象には勝てません。
思うに。
山に登る人たちに、いちばん必要な装備は「体力」なのでしょう。
技術は、仲間同士でカバーしあえるけれど、「体力」はどうにもカバーできません。
日々のトレーニング。
これが、大切。
冬のあいだ、なんにもしなかった私には、これからの登山シーズンを楽しんでいけるのかどうか疑問ですが、毎日の1〜4階までの昇降でけっこう鍛えられるかな。
この夏に向けて、これからトレーニング再開、です。
おやすみ。
今日も母と役所に行きました。
世帯主が変更する、ということはどうにも手続きが大変です。
連休の合間の平日で役所は大混雑。
待ち時間のあいだに、昼食を食べてきたので「待った」という感覚はありませんが、ところどころで職員の人を怒鳴りつけている声が聞こえてきます。
怒っても、仕方がないのにね。
待ち時間の長さに怒るくらいなら、無愛想な態度をとる職員に怒ればいいのに……、などなど思い、3月に私に冷たい態度をとった職員の顔を思い出しながら、手続きをすませました。
もう、私の気持ちから「訴訟」なんて文字は消えました。
父が弱かったのです。
ただ、恨むべくは、暖冬を続けてきた冬と春の間に突如としてやってきた大寒波が、父をますます弱らせてしまったのです。
父の死後、背中に感じる太陽の暖かさがどうにも悔しくて、例年以上に誇らしげに咲く桜が妙に切なくて、この春の到来を素直に喜べなかった私。
「今年は花の当たり年やね」
車のなかで母が言いました。
そういえば、私の住む山は桜もつつじも例年以上に満開。雪柳も見事でした。
今は落ちたイチョウの花でアスファルトが覆いつくされています。
そっか。
花の咲く、年、なんだな。
花の好きな母が、花を見て喜ぶ。
そんな春の到来を、やっと「喜んでみようかな」と思えるようになりました。
おやすみ。
とある「イベント」に向けて、みんなで一生懸命に準備しています。
それぞれに役割分担があり、自分のやるべきことをしっかりとこなしていきます。
昼休みも同じ役割の人と食事をしながら打ち合わせ。
その後もその前も、行動をともにすることが多くなります。
私の相棒は、もともと仲良くしていた人なので、意思の疎通もうまくいき、私の弱いところをせっせとフォローしてくれて、それはそれはたいへんお世話になっています(笑)
今日も、ほぼ1日、相棒といっしょ。
忙しいなかでも、笑いのたえない人が相棒でよかったな、と思います。
これからも、まだまだいろんなイベントがあります。
グループワークも増えていきます。
どんな人たちでも受け入れられるように、大きな心を養いたいな、と、夕食を食べているときに、ふと、思いました。
でも、大きな心、って、ある意味、人に無頓着になることなのかもしれません、ね。
おやすみ。
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