東京の片隅から
目次きのうあした


2008年06月30日(月) 連想

木曜日に見に行った大岩オスカール、何かを思い出すようで、ずっと考えていたのだが、仕事中にひらめいた。
佐々木マキだ。
「ムッシュ・ムニエル」シリーズや村上春樹の表紙カバーなどを手がけている。

大岩オスカールの「ライトラビット・シャドウキャット」シリーズが特にそんな感じ。

あーすっきりした(笑)


2008年06月29日(日) 祭りのあと

一日海に出ていたので、どっぷり疲れたらしく、昼近くまで死んだように眠る。
私は日焼け止めを塗っていたので無事だったが、途中まで塗らなかったまーさんは部分的に「因幡の白ウサギ」状態。凝りないなぁ・・・。
そしてひたすら竿を振っていたせいか背中が筋肉痛。首が曲がらない。


2008年06月28日(土) 釣りとは糸の片方に魚、もう片方にバカがついている行為である

朝から三浦半島で釣り。
薄曇り、ベタ凪。ときどき風が吹く。暑くもなく寒くもなく、絶好の釣り日和である。
7時から13時まで、キス55匹(うち1匹は20cmクラス)、ベラ1匹、メゴチ1匹(20cmクラス)、アナゴ1匹。リリースはキス1匹、ベラ1匹、ホウボウ1匹。どれも小型。ホウボウは迷ったのだが、針を外すときからびくびくしっぱなし、胸びれを広げてか細くギイギイ鳴きながらバケツの中をおろおろ歩くのがあまりにも哀れっぽく、リリースと相成った。演技だったかもしれないが。

帰宅してから流れ作業で捌き、小型のキスは全部冷凍庫、アナゴは白焼きにし、メゴチと大ギスは刺身、ベラはソテー。うーんゴージャス。


2008年06月27日(金) 筆記用具について

海外でのラクガキ事件についての報道で、思うのは、「なぜ油性ペンやフェルトペンをもっていたか」だ。
普通旅行に油性ペンを持っていくか?せいぜいシャープペンとボールペンくらいではないのか?
スケッチする人間でもせいぜい色鉛筆や固形水彩ではないのか?
最初から何かしてやろうと思ってもっていたのではないか、という疑念が拭えない。
気分が高揚していたからといって建造物を破壊する方向に向かう思考回路もわからない。
写真を撮ったり歓声を上げたりなら、国籍にかかわらず誰でもするだろう。現にサンピエトロ大聖堂のドームの最上部ではそんな感じだった。景色に見とれ、長く狭い階段を上ってきた同志(笑)にねぎらいの言葉を掛け、笑い合って写真を撮る。
だが、そこであの建物を傷つけようと思いつく、その発想が解せない。自己顕示欲だとしたら、その行為は電柱にマーキングをする犬以下だ。


2008年06月26日(木) エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ

休暇。
銀行に行って、学生時代から貯めていた定期預金を解約。お金って使うときはあっという間なのね。
はんこやら通帳やらを置きに一度家に帰る。久しぶりにモス飯。

午後、なにをしようかとしばし考え、木場の東京都現代美術館に出かけ、「大岩オスカール」展を見る。ずいぶん前に向島の現代美術製作所に見に行った。調べたら10年ほど前だったらしい。
なんというかシュールな絵。イラストチックであり、ちょっとシニカル。
デビュー作品から最新作までが広い空間の中に並べられ、コラージュによる下絵なども見られる。制作の過程が面白かった。

そのあと、常設展を見る。岡本太郎の「明日の神話」の展示中。他の作品を見ている最中、おひとりさまのおばちゃんにつかまり、3時間(!)おしゃべりにつきあう。

夜、妹と待ち合わせ、水道橋のJCBホールで「エミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ」のライヴ。映画そのままの濃ゆい世界が2時間繰り広げられる(笑)。
ステージの上もフロアも濃ゆいなぁ。最初から最後まで爆笑。必見。


2008年06月25日(水) クロスワード

新聞の一面全部に乗っているクロスワードを解かなければならない夢を見た。
単に「解きたいから解いている」ではなく「ねばならぬ」というのがポイントで、普段やれと言われたらさくさくと単語が出てくるのだが、夢の中に限っては真っ白な升目を眺めてうんざりしている自分がいるのであった。


2008年06月24日(火) 買わないけど気になる

どうでもいいことだが、iPhoneの日本語入力機能はやっぱりことえりなのだろうか。


2008年06月23日(月) 梅干し

やっと梅干しを漬ける。去年と同じく6kg。タイミングを逃し、小さめの梅しかなかったため、できあがりに不安を残す。塩も多すぎたか。まぁいいや。


2008年06月22日(日) 友だちと知り合いのあいだ

mixiの話なのだが、私はマイミクがとても少ない。片手でおつりが来るほどである。

たぶんマイミクというものをカタクルシク考え過ぎなのだろうとはおもう。

友だちと知り合いってどこで線引きするのかな、こっちが友だちだと思っていても相手はそう思ってくれているのかな、そもそも私はどう思われて居るんだろう、そういったことを考えてしまい、身動きがとれなくなる。

小学生の頃、道路の向こうで手を振るクラスメイトを見て、それが自分に向かって振られているのだと気づかず、何度も自分の背後を振り返り、笑われたことがある。
私の人間関係に対する猜疑心(といってもいいだろう)は生まれつきのものだろうし、一生治らないんだろうなぁ。


2008年06月21日(土) 私信 続き

なんだか公開交換日記のようになってしまったが(苦笑)

いい思い出も、悪い思い出も、それを含めたすべてが私であり、それを受け入れること、きちんと自分の中で消化すること、そういう作業は嫌いではない。

変な話、事件を起こしていつでも非難されるのは加害者だけなのだ。事件の前にどんな出来事があったとしても。
個人的な復讐は遂げられるだろう。しかし、社会的には葬られるだろう。

どちらを選ぶか?

激情に駆られそうになる私の中にいるもう一人の私が選ぶ答えは決まっている。常識的であること、社会的なアウトサイダーにならないこと。それはある意味枷でもある。


2008年06月20日(金) Answer

これは自分に対する問いなのかな、と思ったので、ここに返答してみる。違ったらそれは私の思いこみだ。

昨日の日記について。

私は大事な人たちを守るためならば人を殺せると思う。たぶん。
そこでそれを運命だと言えるほど人間ができているわけではない。
それに、本来、私はかなり攻撃的な人間だ。

未だに夢に出てくるくらい、同窓会サイトやSNSで名前を見るたびに吐きそうになるほど嫌いな相手はいる。いや、嫌いという言葉では表せない。ちょっと前までは、同窓会に出て彼女の顔を見たら自分が制御できなくなるという確信があったくらい。
それと同時に、小学生時代の私は教室の中で「勝ち組」にいたわけで、当時の同級生の中には私が彼女に対して思うのと同じくらい、誰かが私を憎んでいるであろうことも容易に想像できる。

私が「殺人は許せない」と思うとき、それはそういう衝動に駆られる自分を許せないというのと表裏一体だ。
私が「誰か」を殺したいと願うとき、そういうことを考えているのは私だけではないし、その「誰か」には他人だけではなく自分も含まれる。
私が誰かを憎むとき、私を憎んでいる誰かもいる。それは私にとってはごく当たり前の感覚だ。

結局、私は自分が可愛いだけなのだ。
それに、たぶん、私は神様を信じている。


2008年06月19日(木) ちょっと整理してみた

宮崎勤のこと。

死刑が執行された。事件から20年、長いような短いような。
分かりにくい身体的障碍があったこと、生来の性格、家族の愛情に恵まれなかったこと、そういう不幸な点を差し引いても、彼は越えてはならない一線を踏み越えた。
死刑判決に対しては、妥当だと思っている。

オタクという言葉と人種が世間に悪い意味で認知されたのはこの事件がきっかけだったと思う。
コミックマーケットのカタログに載っていた彼のサークル、殴り書きのような下手な絵と文字。
あの愛のなさそうな絵を見る限り、彼は本当にオタクだったのかという疑念はぬぐいきれないが、それでも当時オタクな世界にどっぷりつかっていたものとしては、自分と同じカテゴリーに属する人間から殺人者が出るとは思わなかったし、そういう意味でかなり衝撃的な出来事ではあった。
少なくとも、あの日の晴海で、私と彼は同じ空間にいたわけだ。

当時中学生の私があの事件で思ったのは、「社会性のあるオタクにならねばならない」ということだった。
趣味は捨てられない。自分の内向的な性格も直らないだろう。だったら少なくとも外面は他人とコミュニケーションが取れてまっとうな社会生活を営めるような、普通の大人にならなければならない。オタクをいいわけにしてはならない。
どこかでマンガを読み、アニメに夢中になる自分を恥じていたのかもしれない。
そして過去を隠したまま結婚して今苦労しているわけだが(爆)

あれから20年経って、対象は違えど、やっぱり私はヲタクであって、でも、一応、まっとうな社会生活を営んでいるつもりだ。
精神的につらいとき、趣味は私の支えになってくれる。
ただ、そこに逃げ込みっぱなしで現実逃避してはいけないとも思っている。
端から見ると充分のめり込んでいるのだが。


秋葉原の事件が発生してすぐ死刑が執行されたわけだが、この2つの事件は似て非なるものだ。
どちらも社会的なアウトサイダーであったことは間違いないが、結果的には似ていても、精神的なベクトルが違うような気がする。
ただ、その差異は、個人の資質によるものなのか、それとも20年の社会的変化によるものなのか、それとも出身地域によるものなのか、それが今の私には判断が付かない。
例えば、加藤智大が東京またはその近郊出身だったらどうだっただろうか。自宅住まいだったら収入が不安定でも家庭が崩壊しても何とかなったのか。
例えば、加藤智大が20年前に25歳だったら、高卒でも短大卒でも就職の間口は今より広かったわけで、正社員として就職できたのだろうか。
そんな、「たられば」を考えたりもする。

結局整理できてないな。自分の中で考えをまとめるのにはもっと時間が必要だ。
ただ、今断言できるのは、どんな逆境であっても、不遇であっても、他人を殺すのだけは、絶対許せない。そのことだ。


2008年06月18日(水) 名は体を表す?

今日名刺交換をした相手は、アニメヒーローか少年漫画の熱血主人公みたいな名前だった。いや、そんなフィクションでもここまでの名前は聞いたことはない。
思わずまじまじと名刺を見てしまった。
そして、親の顔が見たくなった。もちろん、いい意味でだ。本人が切れ者だから、よけいにそう思った。


2008年06月17日(火) 20年

宮崎勤死刑囚の死刑が執行された。

あの事件は当時10代でどっぷりオタクだった自分にとってはかなりショッキングな出来事だったし、思うことを書きかけたのだが、あまりにまとまらないので、そのうちまとめて書こうと思う。

一つ言えるのは、この前の秋葉原の事件のときにも書いたが、オタクであること、障碍があったこと、世間のレールに乗れなかったこと、挫折したこと、友だちや家族に恵まれなかったこと、そういうことと、社会性がないことは、全く別の問題だ。ましてや犯罪をや。

それにしても20年は長いのか短いのか。


2008年06月16日(月) 地震のこと その2

男性の遺体が発見され、地震で崩れた本の下敷きになって死亡した可能性がある、というニュース。
・・・本望なのか?
身内に本の重みで1階床の根太が抜けた人とか置き場がなくて階段や廊下にまで本があふれている(一応RC建築)という人がいるので、他人ごとではない。
もちろん、実家にいたときは自分もそうだった。本とCDの山の中で生活していた。
阪神大震災を経験した会社の人は「タンス部屋を作るべきだ」と忠告してくれたが、私の場合は「書庫」というか「ヲタク部屋」が必要かもしれない・・・。


2008年06月15日(日) 地震のこと

夫の両親の実家は宮城県だが、今回の地震について、かなり揺れたものの、けが人はないとのこと。
もともと宮城県沖地震の時にかなりの家が壊れ、建て直した地域なので、あまり古い家はないのだそう。
自分のところが無事だったからと言って手放しで喜ぶわけにはいかないのだけど、とりあえず一安心。


2008年06月14日(土) メガネ集会

人と会っていたのだが、その場に同席した人4人がなぜかそろいも揃ってメガネ。まじめな話をしているはずなのに、妙に可笑しくなってしまい、笑いをこらえるのに苦労した。


2008年06月13日(金) 暑かった

今日は午後休みを取って、銀行に行った。ATMじゃないのは久しぶりである。
イマドキの銀行は入り口に何人も人が立っていて、用件を聞いて番号札を出してくれたり書くべき書類を教えてくれたりと、至れり尽くせりである。まぁ、番号札発券機のどのボタンを押したらいいかわからないとき、助かるのは事実だ。
しかしなぜ銀行の窓口は悪いことをしているわけでもないのにあんなに緊張するのか。

そのあと街をぶらぶら。名刺入れが欲しくてあちこち覗いたのだけど、あまり決め手がなく、見送り。ほとんど使わないのだが、最近たまたま名刺交換する機会があり、さすがに会社に一つ置いておかねばと思った次第。でもたぶん当分使わない。革ではなく、アルミ製でもなく、ハードケースのものが欲しいような気分。
日傘や雨傘ももう1本あったらいいな、と思ったのだけど、目に付くのはいま持っているブランドのものだったりするのが笑える。普段カジュアルな格好で通勤しているので、カジュアルな日傘が欲しかったのだが、今年は地味ばやりなのか、黒かベージュ・薄いピンク系ばかりで、柄も刺繍のフェミニンなものが多い。どうも気が乗らない。何年か前に見たグリーン系マルチストライプのやつ、買っておけば良かったなぁ。

なんだか疲れたので、夕方明るいうちに帰宅、風呂に入る。まだ日のあるうちに入る風呂は良い。ちょっとした優越感。


2008年06月12日(木) 電車の中で

目の前に座っている外国人のおっちゃんが、やおら板チョコの銀紙を剥いたかと思ったら、いきなり一列食べた。
食べたことよりも、一列そのまま入るほど口が大きいのが驚きだったりして。
近藤勇もびっくりだ。


2008年06月11日(水) 昨日の続き

なんというか、この迷いは、年齢的なものなのか。
結婚しているけどこどもはいない、治療に踏み切るかこのまま天にまかせるかどうか、夫婦両方の親も年取ってきた、会社で生き残るためには自分がどうしたらいいか、そんなことがないまぜになっていて、なんというか、八方ふさがり的な感じがある。
端から見たら十分だと思うんだよ。
でも、自分の中では、登りも下りもない階段の踊り場にいるような感じ。
どうしようかなぁ、どうすべきかなぁ。


2008年06月10日(火) 走り出してから考える

だらだら暮らしていたのが、このごろ、なんだか周囲がものすごい勢いで動き出してしまい、どうしたもんかと思っている今日この頃。
文化祭直前みたいな躁状態に自分のコンディションを持っていけば乗り切れると思うんだよね。
流れに乗ったほうが自分も周囲も精神衛生上いいし、それをやれるだけの暇も精神的な余裕もある。たぶんいけるだろう。
問題は、私も突っ走っていいのか、それともブレーキ役を引き受けるべきなのかということだ。


2008年06月09日(月)

今年初の蚊。
帰宅してから寝るまでの間に窓を開けていたので、そのときに紛れ込んだらしい。
おかげで深夜に蚊と戦う羽目になった。
気がついたら手に1箇所、顔に2箇所。
結局、蚊取りを探し出してスイッチを入れ、虫さされ薬を出してきて顔に塗って再度寝る。

どうも釈然としないのは、横で腹を出して寝ているヨッパライがいるのに、なぜタオルケットにぐるぐるくるまって大人しく寝ている人間のほうが蚊に刺される、ということだ。


2008年06月08日(日) 生き死に

秋葉原、買うものがあって、行こうかどうしようか迷っていた。
結局もっと他に優先すべき仕事があって、この日は後回しにしたのだが、帰宅して夜になってからわかった事件。

怒りが渦巻いている。
死にたいなら、一人で死ね。他人を巻き込むな。一人で死ぬ決意もないやつに人の命を云々する資格などない。
挫折感も、絶望も、怒りも、自分の中で消化しろ。そんな感情は、誰でも通る道だ。学力が足りなかったのは、自分の努力不足だ。

私は死刑制度は基本的に賛成だが、こういう「誰でもいいから殺せば死刑になると思った」というバカは死刑にしてはいけない。よぼよぼになるまで生かしておかなければならない。そういう意味では、死刑制度はなくすべきなのかもしれない。


2008年06月07日(土) 少女小説の終わり

氷室冴子氏の訃報を聞く。このところあまり名前を聞くことはなかった。ウィキペディアで調べたら、ここ10年ほどは執筆していなかったらしい。

小学生の終わり頃、姉のいる同級生が「ジャパネスク」シリーズを読んでいた。そのうち中学に入り、誰からともなくコバルト文庫が流行し始め、学級文庫に並んでいた記憶がある。姉の本棚にも並んでいた。
私はどちらかというと新井素子派だったのだが、そんなわけで一応読んでいたし(というかあの時代の女子中学生で氷室冴子を全く読んだことのない人っていたのだろうか?)、前向きでパワフルな主人公像は魅力的ではあった。
書き手が年齢を重ねていくのに合わせてどんな作品を書いていくのだろうと思っていたが、それはもうかなわない。

自分がリアルタイムで読んでいた作家が50そこそこで亡くなる、というのはちょっとショックだったりする。

ご冥福をお祈りします。


2008年06月06日(金) 近況報告

友人と飲む。1年ぶりくらいか。飲んでしゃべって4時間。とりあえず今日はお開き。
話題は近親者の病気、自分のこれからの仕事について(どのスキルを磨くべきか)、健康、洋服(最近なにを着たらよいかわからなくなってきた)、等々。
お互いいろいろありますな・・・。


2008年06月05日(木) 不夜城

タクシーの運転手から現金や金権の接待は問題外だけど、ビールはどうなんだろう。イマドキ缶コーヒーと発泡酒は同じ値段だ。缶コーヒーとかくれる人って時々いるよね。
飴をもらうことはしょっちゅうだ。私が餌付けしやすそうに見えるのかも、という想像はたぶん当たっているが。

そもそも問題、というよりも問題以前の話として、「電車のある時間に自宅に帰れない生活がデフォルトである」国家公務員の勤務状況にあるはずだ。
省庁関連の仕事をしているが、朝イチで書類を届けに行くと居ない。周囲に聞いてみると「さっき着替えと風呂に家に戻った。○時くらいには戻ってきますよ」なんてことはしょっちゅう。国会答弁やら事故の処理やらで徹夜もしょっちゅう。夜中の3時にメールが入っている。
購買部を覗くと本当に中に住めるくらいいろいろなものが揃っている。ということはそれが売れると言うことだ。そこまでしてしなければならない仕事、当然サービス残業だ。
権限委譲なんて格好良いこと言うけれど、都道府県庁や市町村の役所に仕事を下ろしたところでたぶん霞ヶ関の明かりが消えることなんてない。

かつて国家公務員2種の試験を受けた。省庁訪問をしているときに「労働3法は国家公務員には存在しないと思ってください」と念押しされた。彼なりの親切だったのだろう。ある省庁の古い建物、トイレの窓から中庭へ飛んでしまう人が時々いる、とも聞いた。

マスコミは無責任に「公務員のモラルの欠如」について叫ぶが、それ以前の問題があるのではないかと、テレビを見ながら思う。


2008年06月04日(水) なぞのこづつみ

姉から謎の小包が届く。
開けると中には和菓子の箱。シャーベットにしてもよいという西瓜のゼリー、金魚などの吹き寄せ(?)が入った寒天寄せ。
なぜ送ってきたのかよくわからぬままとりあえずお礼のメール。
やがて戻ってきたメールには「夏っぽかったから(中略)麦の収穫も終わりました」
えーと、確かに夏っぽくて涼しげで食べるのがもったいないです。そして彼女は植物関係の仕事をしています。麦の収穫・・・「麦秋」って言う言葉もあるよね。うん、季節ジャストです。
でも、やっぱりよくわからない人だ(笑)


2008年06月03日(火) ひとこと

会社でのあれこれで少々気分が腐り気味だったのだが、元気をもらいました。ありがとう。


2008年06月02日(月) 梅雨入り

台風のせいもあるだろうが、久しぶりに「らしい」梅雨入り。

会社近くのガソリンスタンドの価格ボードにびっくり。172円。ハイオクなんて182円だ。200円を突破するのも近いのか。
まーさんの趣味はスキーに釣りに、いまは乗っていないけどバイクが好きだったり、ガソリン代がかかるものばかり(苦笑)。
これからガソリン代が高止まりするようになると、そういうアウトドア系の趣味は廃れるか金持ちの趣味になってしまうんだろうなぁ。


2008年06月01日(日) モデルハウス

昨日の雨とはうってかわっていい天気。
近所の小学校では運動会をやっているらしい。沖縄民謡が聞こえてくる。ダンスかなんかだろうか。出かけるときにちらりと見たら組体操をやっていた。でもストーリー仕立てでピラミッドも2段。安全性を考えてのことだろうが、やはり3段がデフォルトだろう。

住宅展示場を覗いてみた。とりあえず1社で話を聞く。希望を全部入れるとやはり予算オーバーだ。そりゃあこんなに立派なモデルハウスを建てて営業マンを置いて綺麗なパンフレットを並べていたらそうなるだろうなぁ。


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