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2003年11月11日(火)
◆ 新国立劇場オペラ『トスカ』 エリザベス・ホワイトハウス、セルゲイ・レイフェルクス、カール・タナー


18:30開演〔全3幕、イタリア語上演、字幕付〕
初演:1900年1月14日ローマ・コスタンツィ劇場にて


トスカ: エリザベス・ホワイトハウス
カヴァラドッシ: カール・タナー
スカルピア: セルゲイ・レイフェルクス

アンジェロッティ: 谷友博
スポレッタ: 松永国和
看守: 北川辰彦
シャルローネ: 豊島雄一
堂守: 山田祥雄
羊飼い: 九嶋香奈枝

指揮:ジェラール・コルステン、
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
合唱:新国立劇場合唱部、藤原歌劇団合唱部
演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ




暖かな秋の夜、大好きなプッチーニの『トスカ』を見に行きました。
新国立劇場の席割りはオペラの方がバレエよりも良いみたいですね。

新国オペラは今回が初めての観劇です。
印象としては、とにかく豪華絢爛の一言! 
海外の歌劇場に負けないほどのこだわった美術に圧倒されましたが、オケの凄さについては強烈には印象に残らなかったかもしれません。(でも音については席位置も関係しますので薄い印象だったのかな?)
この『トスカ』は以前NHKで放送されましたが、実際に見ると、よりセットの凄さを感じますね。
細かいディテールまで手の込んだぬかりのない造りです。


【第1幕】
《聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会の内部》

1幕は教会で絵を描いているカヴァラドッシのもとへ、政治犯として捕らえられていたアンジェロッティが脱獄して現れ、匿ってしまうという悲劇の発端部分や、トスカの嫉妬深い一面、スカルピアの憎憎しい悪意に満ちた姿などが艶やかに舞台上で繰り広げられてゆきます。
幕が開くと教会の内部左手にはカヴァラドッシが絵と足場が組んであり、右手は、アンジェロッティの隠れる礼拝堂の見事な美術が目に飛び込んできます。
天井の絵画、床のモザイクタイルまで凄すぎ…。

歌手について…、トスカ役のエリザベス・ホワイトハウスさんは、声量と迫力のある方で押しの強いトスカという印象。
1幕では、カヴァラドッシの描いた美しいモデルに激しい嫉妬心を沸き起こしますが、演技の為か見た目のせいか、女性らしい繊細さはあまり感じられませんでした。ですが、声は大きくしっかりと聴こえてきます。

カヴァラドッシ役のカール・タナー氏は、温厚そうな雰囲気の方で、アリア『♪妙なる調和』を歌い上げる時など、美を褒め称える喜びを素晴らしく響かせていました。
存在感はこの幕ではそんなに感じられませんでしたが、癖のない伸びやかなきれいな声という印象。

『トスカ』の時代設定は1800年6月17日〜18日のローマということになっています。
ナポレオンがヨーロッパを席巻していた頃ということで、トスカの衣装もその時代に流行したエンパイアスタイルの変形版ようなハイウエスト・ドレス。1幕は鮮やかなブルーの衣装でした。

《デ・テウム》のスペクタクルな場面は凄かったです。
セットが可動し舞台に奥行きが生まれ、戦勝を祝うミサの場が始まります。
大勢の信者、バチカンのスイス衛兵、枢機卿などが現れて、大人数の大合唱の中、スカルピアが自分の野心を高らかに歌い上げる盛り上がる場面。

スカルピアの後ろでは、まるでフランスの画家ダヴィットが描いた「皇帝ナポレオン1世と皇妃ジョセフィーヌの戴冠式」(ルーヴル美術館蔵)の絵に描かれた場面にそっくりに、長いマントを纏った祝福を受ける女性が登場します。凄いなぁ。

スカルピア役のセルゲイ・レイフェルクス氏は大きなコーラスの中でもしっかり朗々と歌い上げ、野望をさらけ出す姿も見事です。
声に関しては、“バリトン”ですが微妙に高めのように感じました。出来ればもう少し低音の響きもあった方がサディスト的で悪意に満ちた人物像には合っているように思うのですが…。でも登場すれば、存在感と迫力のある方でした。
このような人物像はとても印象深くてやりがいがありそう。

 《聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会について》
さて、この幕で舞台となっているのは、聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
実際にローマに存在するバロック様式の立派な建物で、大きなクーポラ(丸屋根)が特徴とのことです。
その壮麗な内部の様子を忠実に再現したらしく、奥の壁を飾る絵画は本当にこの教会にあるものを映し出していたようで、凄くビックリしましたよ。つくづく感心…。


【第2幕】
《ファルネーゼ宮殿の一室》

窓の外からは祝賀の市民の歌が聞こえています。
スカルピアはアンジェロッティをかくまったカヴァラドッシを捕らえ、トスカを我が物にするという自らの欲望のために、彼を拷問にかけ、トスカを精神的に痛めつけます。
(スカルピアはサディストなので、トスカに嫌悪されながら抱きたいという性癖がある)
カヴァラドッシに対する拷問が耐え切れなくなったトスカは、とうとうアンジェロッティの居場所を話してしまいます。
拷問は終わりますがカヴァラドッシは聖アンジェロの牢獄に連行されてしまい、トスカは執務室に取り残され、スカルピアに迫られます。
「彼を死刑から逃れさせたいのなら、自分の女になれ」と…。

この場面はたいへんドラマティックで、登場人物の心理描写、精神的な痛めつけ方の凄まじさに圧倒されてしまいます。これでもかと思うくらいのスカルピアの攻め。
しかし、今回主役トスカを演じるホワイトハウスさんは何故か、ズンズンと胸に迫ってくるような(観客までのめり込んで心が痛むような)追いつめられた感じがそんなに伝わってこなかった気がします。かといって悪くはないのですが…。

スカルピアがテラスに出て、誰もいなくなる。
もう耐えられないというところで高ぶった気持ちを吐き出すアリア『♪歌に生き、恋に生き』もなんだか少し唐突な感じ…。
歌は、床に座り込んだ歌い難い体制で、1幕同様良く声が出ていました。これは本当に立派ですね。
2幕のトスカの衣装は、血と情熱が感じられるような真紅の艶やかなドレスでした。

スカルピアの心情が歌われる二重唱?『♪歌姫への愛が私を苦しめていた』の歌詞は凄まじいですね。まるで欲望丸出しで昔の時代劇に出てくる悪代官みたい。
スカルピアは度を越えた迫りぶり、トスカはひたすら強い嫌悪と怒り…。
ドラマテックという意味では感情が最高潮に達する場面ですね。
スカルピアのいじめぶりの演技はとても良かったと思いますよ。
前後しますが、この後の「♪歌に生き、〜」が歌われます。

スカルピアの情容赦ない攻めにとうとう耐えられなくなったトスカは、スカルピアの申し出、“カヴァラドッシを処刑から助け、トスカと国外脱出させる代わりに、スカルピアに身を任せる”ということを承諾します。
全て計画の手筈を整えさせた後、溜まりに溜まった怒りから、偶然テーブルにあったナイフで、スカルピア刺し、殺してしまう。

〔セリフ〕
スカルピア:「トスカ!とうとう私のものだ!」
(ナイフで刺される)
スカルピア:「呪われたやつめ…」
トスカ:「これがトスカのキスよ!」

そのあとトスカは動揺しながら、手に付いた血を洗い、スカルピアが書いた通行手形を手に入れます。

スカルピアを手にかけた後は、トスカの強さと弱さ、動揺ぶりが手によるように解る演出でした。
舞台照明が暗くなり、ほのかに窓からの月明かりが照らす中、二つの燭台をスカルピアの死体の両脇に飾り、十字架を死体の胸にのせて、神への信仰の深い女性(憎い相手であったとしても)ということが観客に伝わります。
そして、死体にはさまれていた自分のショールをそっと抜き取る時のビクビクした感じ…。
最後はなんとも言えない余韻があり、静かに幕が下りました。


 《ファルネーゼ宮殿について》
さて、余談になりますが、この2幕舞台のファルネーゼ宮殿も実際に存在しています。
1517年〜1589年にかけて造られ、途中ミケランジェロも関わりを持っていたとのこと。
ルネッサンス様式の建築で、現在はフランス大使館になっており、観光客は残念ながら中を見学することが出来ません。
(バロック建築と書いているところもありますが、写真で見た印象は、外観の造りが整然としていてルネッサンス風に見えます。内部の作りや装飾などはバロックに移行していく微妙な時期だったのでしょうかね…)
ファルネーゼ家は1713年(トスカの時代より以前)家系が途切れてしまいますが、教皇も輩出した由緒ある家柄とのこと。

更に余談の余談。塩野七生さん著、ルネッサンス3部作の第三部『黄金のローマ』にファルネーゼ家のことが(創作物ですが)書かれています。御興味があればどうぞ。ローマの地図を見ながら読むと面白いです。


【第3幕】
《聖アンジェロ城の屋上》

月が煌煌と光り、夜空いっぱいに星が輝いている聖アンジェロ城の屋上。
シンボルの大天使像も月に照らされ輝いている。
優しい『♪羊飼いの歌』が微かに響いているなか警備兵達はくつろいだ雰囲気で働いている。
この導入場面は心が休まり癒されます。

そして、不安を感じさせるメロディーに変わる。舞台のセットがせりあがり、城の中にある牢屋場面にみごとに変わった。
そこにカヴァラドッシが連行されて来たのだ。
死刑を覚悟したカヴァラドッシは絶望の中、アリア『♪星は輝きぬ』を熱唱します。

カヴァラドッシ役のカール・タナーさんのこのアリアは感動的でとても良かったです。
“愛するトスカを残して、こんなかたちで死ななければならないのか”という嘆きと、もっと生きたいという思いが沸々とこみあげて、苦しい胸のうちを爆発させたような気持ちのこもった素晴らしい歌声でした。 涙を誘いますね。

そこに、希望を感じさせる音楽と共にトスカが駆けつけてきました。抱き合う二人。(警備兵には話をつけてあったらしく牢内に入れた)
そしてトスカはファルネーゼ宮殿での出来事を話す。
“カヴァラドッシの処刑は形だけ、銃殺に使用される鉄砲には弾は入っておらず、処刑の儀式の際は死んだ振りをしてその後は自由になれるのよ!”

「新たな希望の勝利、清らかな熱情に魂が震える。そして調和を讃えて飛翔し、魂は愛の喜びへと到達する」と高らかに二人は歌います。(二重唱『♪この優しい手が〜 新しい希望に勝利して』

時間になり、処刑の為再び城の屋上へカヴァラドッシは連れて行かれる。
そして銃による刑が執行される。
いっせいに轟く銃声。倒れるカヴァラドッシ。
トスカは倒れる演技だと思い、死んだとはまだ気がつかない。
そう、実は空砲ではなく、本当の処刑が実行されたのだ。(トスカはスカルピアに騙されていた)
兵が去った後、ゆっくりとカヴァラドッシに近づき、彼の体を起こすと彼は既に死んでいた。
予想もしなかったことに驚き、絶望するトスカ。
だが階下では、トスカがスカルピアを殺した事で大騒ぎになっていた。
最後、警備兵に追い詰められたトスカは、とうとう聖アンジェロ城の屋上から身を投げる


さて、トスカを演じる歌手の方は、必ず最後に投身自殺の為のダイブをしなければなりません。
下にクッションマット等の安全なものが置いてあるとは思いますが、やはり怖いと見えて、素に戻り、躊躇しているのがわかってしまいますね。
ホワイトハウスさんも、足から“ヨッコラショ”という感じでした。まぁ、しょうがないか…。
ところが後日資料として見た、新国立オペラの映像なのですが、トスカ役のシルヴィ・ヴァレルさんは、両手を広げて躊躇なく頭から倒れるように飛び降りているので、まるで本当にはるか下まで落ちていっている感じがしました。お見事!! 
でも、歌手の皆さん怪我をなさらないように気をつけてくださいね。

何はともあれ、この急速な展開と衝撃的なラストは、この作品、本当に見事だと思います。
やっぱり、オペラ『トスカ』は好きですね。
それに新国立劇場オペラはこれだけ豪華なのに、このチケット料金はかなりお徳だと思いますよ。


 《サンタンジェロ城について》(聖アンジェロ城)
サンタンジェロ城はローマに行けばとても気になる、大きな要塞のような城。テヴェレ川に面しており、目の前にはサンタンジェロ橋が架かっています。
ヴァティカンにも通じていて、教皇庁との歴史的つながりもある建物のようです。実際、豪華な教皇の居室も内部に作られていました。
しかし元々は2世紀ごろ、ハドリアヌス帝が墓廟として建設したのが始まりのようです。

その後、歴史と共に変貌を遂げていき、城塞となり、貴族の館、教皇の居館、兵舎や牢獄、美術館など様々に利用されてきました。
現在では、サンタンジェロ国立博物館となり、「天使の中庭」「レオ10世の礼拝堂」「井戸の中庭」「教皇の居室」など見ることができます。
『トスカ』で登場する、牢獄のなごりも…。

私もサンタンジェロに行ったことがありますが、独特のなんともいえない雰囲気(暗い下の階など)はタイムスリップした気分になりますね。(内部は迷路のよう...)
上の方の眺めのいい階ではカフェなどもあり現代を思い出させてくれます。
是非、『トスカ』の舞台である屋上に上りたかったのですが、上がれませんでした。
その時クローズしていたのか、入口が判らなかったのか、今でも謎です。




2003年11月08日(土)
♪『スペイン国立バレエ団(Aプロ)』・新国バレエ『マノン』・『十一月顔見世大歌舞伎』BBSより

BBSより拾い文です。

 ◆ スペイン国立バレエ団(Aプロ)(10・24)

再び「スペイン国立バレエ団」(Aプロ)を観に行って来ました。
プログラムを見たら、Aプロは東京で3日間しか上演しないみたいですね。
さて、内容で驚いたのは、ここのバレエ団はスペイン舞踊が主で、所謂一般的に想像する“バレエ”は踊らないと思っていたんですよ…。
ところが、最初に踊った「ダンサ・デ・トロニオ」では、トウシューズを履いて、もろにクラシックバレエ風に踊っていました。
カスタネットでリズムをとりながら腕の動きもとても滑らかだったので、オオッ〜っとビックリしましたねぇー。

もう一つの演目は、「アンダルシアの嵐」。
こちらは上演時間が長めの演目で、しかも重い内容だったので、少々疲れました。
ダンサーの熱はとても感じましたけれどね…。
実際に村で起きた事件を元に作られた作品だそうですが、暴力的なレイプ場面が出てくるのが私はちょっと辛い。休憩時間に小・中学生位の子供を会場で見かけていたもんで気になってしまいました。

面白かったのはカーテン・コール、何回か幕が開くたびに、かなり笑えました!! 
でも何をしてくれたかは伏せておきましょう(笑)


 ◆ 新国バレエ『マノン』(10・30)

新国立劇場バレエ『マノン』を観てきました。
ローラン・イレールが都合により降板し、デ・グリュー役は、ヒューストン・バレエのプリンシパル、ドミニク・ウォルシュに変更になってしまいましたが、スタッフ、ダンサーが一丸となり思っていた以上に素晴らしい舞台をみせてくれました。

まず、タイトルロールを踊った酒井はなさんがとても良かった。大げさではなく自然で説得力のある演技でしたし、踊りも美しかったです。
今まで全幕で踊る彼女を見た事がなかったので、数奇な運命のヒロインを演じるのはどうなんだろうと思っていたけれど、堂々としていて外国人キャストに引けを取らないのではないかな。
欲を言えば最後の「沼地のパ・ド・ドゥ」、力尽きそうになるところと生への渇望の演技をもう濃く演じても良かったと思いましたが、急な相手役変更などがあったのに良く頑張ったと思います。(ギエムの激しさが目に焼きついているのですみません...)
でも本当に感動できましたよ。

ウォルシュは演技力はとても立派だと思いますが、ちょっと身長が…。
リフトに関しては高さが出ないのでダイナミックさが出にくいかもしれません。
動きは俊敏ですが、ちょっと忙しい感じでしょうか。

素晴らしかったのはレスコー役のロバート・ティーズリー。恵まれた体形、美しく余裕のある演技。緩急自在な踊り…。とても気に入りました。
フェリ相手の公演日、彼はデ・グリュー役なんですよね。見たかったなぁ。


 ◆ 『十一月顔見世大歌舞伎』(11・8)

歌舞伎400年『吉例顔見世大歌舞伎』の昼の部を見てきました。
富十郎さんが“一世一代にて相勤めし候”とわざわざ断り書きで踊り演じた『船弁慶』や関西から色気のある役者、仁左衛門さんが昼の部だけ出演された『石切梶原』(梶原平三誉石切)。
『松竹梅湯島の掛額』では2つの場面が用意されていて、「吉祥院〜の場」は豪華なうえ、ものすごく楽しいホンワカ喜劇なので大いに笑い、一転「火の見櫓の場」は「櫓のお七」で有名な舞踊が途中から見られ、恋の狂気に満ちた素晴らしい踊りが楽しめました。

私のお薦めは、『松竹梅湯島の掛額』。以前、玉三郎さんの舞踊公演で、「櫓のお七」を見て以来、歌舞伎としてのこの作品を是非もう一度見てみたいと思い、出かけたようなもの。
“お七”の浄瑠璃に合わせた人形ぶり(黒子が操る)は大変そうだけど、見ているこちらとしては本当に面白い。大量に降らせる雪もすごいです。
そして何より菊之助さんの美しさ(お世辞抜きで本当にキレイ)と色気と品格も備わってきて、見事でしたよ。
まだ未見の方には、是非この作品は見て欲しいと思います。



2003年11月02日(日)
◆ ダニエル・バレンボイム指揮 シカゴ交響楽団、シルヴィ・ギエム&東京バレエ団 【奇跡の饗演】『春の祭典』『火の鳥』『ボレロ』


15:00開演、東京文化会館、

《奇跡の饗演》と銘打ち、アメリカの歴史ある名門オケ、シカゴ交響楽団と同団の第9代音楽監督を務める指揮者ダニエル・バレンボイムが、たった2日間だけ、オケ・ピットに入り、通常テープ演奏で踊られることが多い、振付家モーリス・ベジャールの初期3作品を特別に演奏し、さらに世界的人気のプリマ、シルビィ・ギエムが『ボレロ』の円卓に上ってくれるというスペシャルな企画です。

東京バレエ団のレパートリーでも特に人気のベジャール・プログラムですし、音楽も誰もが、極上のオーケストラで聴きたくなる素晴らしい作品でもある訳ですから、クラシックファンにも注目の公演ですね。
バレエファンには、音楽の持つ本来の迫力や広がり、新たな魅力を気付かせ、クラシック音楽のファンでバレエをほとんど見ない方には、ダンサーの研ぎ澄まされた肉体表現の素晴らしさと、ベジャール振付作品の感性や面白さを、それぞれが認識しあえる、きっかけになるのではと思いました。

まぁ、さすがにチケット料金も破格でしたが、行けば良かったと後で悶々とするより特別な機会だと思って出かけたわけです。(ちなみにS席は3万4千円也)
元々バレエのテープ演奏はいくら録音の出来が良くても好きではなかったので、ダンサーとオケとのその場の緊張感や、たとえミスがあったとしても、全部ひっくるめて良い機会であったとは思います。
当日は2日間の初日でしたが、お客様は普段の公演で見かけるよりもカジュアルな服装の方が多かったですね…。


◆ 『春の祭典』
(ストラヴィンスキー作曲、ベジャール振付)

生贄: 首藤康之
二人のリーダー: 後藤晴雄、芝岡紀斗
二人の若い男: 大嶋正樹、古川和則、
生贄: 吉岡美佳
四人の若い娘: 佐野志織、高村順子、門西雅美、小出領子


恥ずかしながら、この作品全体を観るのは今回が初めて。上演作、3つの中でも作品としては一番気に入りました。上演時間はおよそ40分。

雪に閉ざされた大地の下で眠っていた若芽が、春の訪れを感じ取り、ヒョッコリと土の下から顔を出してくるように見えた導入部から、男性ダンサーの迫力の踊り、ベジャール独特のポーズやフォーメーションの面白さ、あれこれ考えなくてもズッシリ伝わってくる作品に込められた生命礼賛の思いの力強さ。
装飾的でなく、はちきれんばかりに詰まったストラヴィンスキーの力強い音楽とベジャールがバレエとして視覚化したことは、最高に幸せなコラボレーションだと思います。
私は、このテーマは古いとは思いません。
ベジャールの語る「肉体の深淵における男と女の結合、天と地の融合、春のように永遠に続く生と死の讃歌」というのは普遍的ですもの。

今回は特に東京バレエ団の皆さんが素晴らしかった。シカゴ・フィルの演奏で踊る機会などなかなかありえないという今回の企画ですが、最高のパフォーマンスを見せようというダンサー達の意気込みが、とても伝わってきました。
緊張感もありましたが皆さん頑張っていましたね。
男性群舞は迫力ありましたし、女性も巫女のようにしっとりした部分があってとても綺麗でした。

さて、ソリストに目を移しますと、まず、生贄役の首藤康之さんですが、今回改めて、独自の雰囲気を持った方だなと感じました。
何ていうのかなぁ…、生々しくないというのか、踊りにしても原始的で根源的な音楽とリズムの中に確かに混じってはいますが、彼だけなんだか清廉な世界の中の人という感じで、とにかく美しいのですね。
あまり重みも感じさせなくて...。悪い意味ではなく、現実的ではない不思議な感じ。神秘的で、透明感もありました。
で、こんな風に書くと、この力強い作品にあっていないのではと思いそうですが、見てみると雰囲気があってとても良いんですよ。
それに、「二人のリーダー」、「二人の若い男」を踊ったソリストの方達も、皆さんキレのある動きで素晴らしかったです。

女性の生贄を踊った、吉岡美佳さんですが、神々しさが感じられましたし、姿かたちも美しくて素敵でした。
はじめは月の女神のように静かに神秘的に、そして段々と輝きを増しながら、表情も含めて素晴らしかったです。

演奏は、静かな時のフルートや、大音量のリズミックなところは、表現も豊かですし、さすがに迫力があって、絶対に生演奏で良かったと思います。
ただ、私の席位置は舞台に近い1階だったので、音を聴くには不利だったかもしれません。


◆ 『火の鳥』
(ストラヴィンスキー作曲、ベジャール振付)

火の鳥: 木村和夫
フェニックス: 後藤晴雄
パルチザン: 佐野志織、井脇幸江、遠藤千春、
後藤和夫、芝岡紀斗、古川和則、窪田央、高野一起


これは、本当にオーケストラの力量が充分に発揮されていました。
極小音の導入から大盛り上がりのフィナーレまで素敵な音楽体験を味わえてとても幸福な気持ちになりました。
組曲版ということで短め、25分の作品でしたのでもっと聴いていたかったです。

さて、バレエですが、パルチザンの衣装が、中国の人民服に見えちょっと違和感。火の鳥の赤い衣装はとても映えますが…。
そして設定をロシア民話からベジャール独自の第二次世界大戦の革命の闘士達に変えて作られた作品ということで、こちらは少しテーマの時代背景が、現在ではしっくりこない感じもしました。でも大元に流れる、倒れても新たな生命が宿り復活するというテーマは誰もが共感する良い題材ですね。
出来れば、背景なども取り去ったシンプルな『新・火の鳥』をベジャールさんに作って戴きたい。音楽も傑作ですし…。

今回、「火の鳥」を演じたのは、木村和夫さん。体格やスタイルにも恵まれた方です。この日の踊りの印象は、悪いというわけではないのですが、物足りなかったです。
動きにユルさを感じました。大きさのある踊りをされていましたが、微妙に勢いや繋がりがスムーズでなかった気がします。
フェニックスを踊った後藤晴雄さんは、これ以外の3作品とも主要な役をこなし大活躍でした。
フェニックスは途中から登場しますが、彼が加わると鮮やかさが増したような気がしました。とても存在感がありましたね。

でも、とにかく終幕の湧き上がる音楽のすごさには純粋に感動しました!!


◆ 『ボレロ』
(ラヴェル作曲、ベジャール振付)

*シルヴィ・ギエム

飯田宗孝、森田雅順、木村和夫、後藤晴雄


ラヴェル『ボレロ』の音楽はシンプルでいつ聴いても新鮮な感動を覚えます。多くの振付家も音楽に刺激を受けて数々の作品を生み出していますね。
このベジャール振付『ボレロ』は約40年以上も前の1960年が初演ということですが、未だにその新鮮さが色褪せることなく、多くの観客に上演のたび喜びを与え続けています。
「ボレロ」はひたすら壮大なクレッシェンドが曲の最後まで続きます。最初の極小音から最後の最強音まで、楽器の組み合わせにより、どんどん鮮やかになっていきますね。様々な楽器のソロも入れ替わっていくので、普段のコンサートでもオーケストラを見るのが楽しい作品です。

今回、円卓に上がるのは、スーパー・バレリーナのシルヴィ・ギエム
彼女の「メロディ」を見るのは今回2度目です。
私の席からは、舞台の上のさらに高い位置で彼女が踊りますので、ちょっと下から見上げる感じ。
円卓も底の部分しか見えないので、一度丸く見える位置からでも鑑賞したいところ。
だだ、赤い円卓を照らした照明の反射でギエムが赤く輝くのがとても綺麗に見えました。

曲が始まると真っ暗の中、動き出す片方の手だけ照明が当てられ、次は両手、さらに上半身…というように動きも照明も段々と増していくしくみ。
ギエムの動きは本当に美しくて腕一つにしても研ぎ澄まされた見事さがあります。
舞台上は、円卓の上に舞い降りた“美の女神”を敬う「リズム」達といった感じ、或いは、赤い円卓を「太陽」と見立てて、“太陽神”か“天照大神”と想像して楽しんだり…。
彼女の「メロディ」は凛とした清々しさや、動じない強さ、スピリチュアルな側面も印象深く感じましたね。

実は中盤あたりで、ソロ楽器が音程を見事にはずしてしまい(単純なメロディなのでとても目立ってしまった)それでもギエムは何事も無かったかのように、後半に向け素晴らしい踊りを見せてくれました。
終盤の大音響の中で手を前方に勢い良く伸ばすところなど感動モノでした。
ただ、前髪が今は長いので、動くたびに髪の毛がやたら顔に張り付いて、そのたび払い除けるしぐさが、見ていてちょっと邪魔そうだなと感じてしまいましたが…。



【最後に】

全体的に東京バレエ団の頑張りが印象的でした。
『春の祭典』はとても面白かったですし、『火の鳥』の感動的な演奏と『ボレロ』のギエムの踊り、どれもその場に立ち会えた幸福感があります。
演奏にミスはあっても、たまたま珍しくそういう日に当たっちゃったのかなと思うくらい。記憶には永く残るでしょうけれども。ナマ演奏で見る機会があったら、また是非行きたいですね。(シカゴ・フィルでなくてもいいです)

最後は観客のほぼ全員がスタンディングで拍手を送っていました。
ギエムは円卓を降りて前方に出てきてカーテンコール。
バレンボイム&シカゴ・フィルのメンバーも舞台に上がり挨拶をしていましたが、表情が晴れやかでなかったような…。
ギエムと東京バレエ団の方たちは踊り終えた充実感が顔に表れていましたね。
私はこの公演とても楽しみました。



◆尚、この文章は、シカゴ交響楽団のファンサイト 【 hi 】 を運営されているmoribin様 こちらのページ にも掲載されております。
私以外の方の御感想もお読み戴けますので、宜しければどうぞ。
クラシック音楽以外にも、moribin様による興味深いページが沢山あります。