昨日分の駄文ですが、サーバーに弾かれること8回(爆)。延々と、「原稿用紙20枚以内でお願いします。」との勧告に屈し続けた、長文チャンピオンのアサミンジャー( ̄∇ ̄;)削って、削って、削りに削って、やっと収まったよ(トホホ)。ホントはまだもっと書きたいことがあったのによぉ・・・・見た目、20枚もなさそうなあの内容に今ひとつ納得がいってませんが、そもそも1日の「日記」として400字×20枚という膨大の量こそがありえないのだから、そこはグッと溜飲を下げることにする・・・・。(異常を超越するこの執着たるや、一体どこから湧いて出てくるのやら・・・・)さて、今回はお約束通り、「女王の教室」を見ていて、オノレの小学校の卒業式のことを思い出したのでそのことについて書こうかな・・・・なんて思った次第で。いやぁ・・・・リエなんかは当時のことをミッチリ知っているので、「うむ・・・・あの事件のことか・・・・?」と、こちとらもう思いだしたくもない忌まわしき記憶のことを彷彿としていることとは思うんだけど、今日書きたいことはちょっと違う。時間は小学5年生の最後くらいにあった離任式や小学6年生の始業式と大体同時期にもたれた、新任式にまで遡る。ドラマに出てきたあの「黒い」先生とは違い(爆)、新しく自分の学校にやってきた先生の中に、もんすごい異彩を放つ先生というのはいなかったように思える。あたくしは新しい学年の先生になることが既に決まっていたらしい先生から、職員室に呼び出され、ある依頼をされる。「新任式の時に、学校代表で歓迎の作文を読んでもらいたいのだけど。」う・・・・うん、わかったよ、センセー。あたらず触らず、無難な文章を書いてこいってことなのね。そいでもって、それを式次第の中で読めってことなのね。丸5年間小学生をやってきて、自分のいるべきポジションは大概先生が決めてくれちゃって、それに逆らわないように「いい子」をやってきたけれど、今思うと、とんでもないポジションにいたんだなぁ・・・・と我ながら少々痛々しい。所謂、児童と先生の間にいる、「便利屋」みたいなものだもの、あたくしのいた場所って。提出した作文は、優等生らしく、枚数厳守(笑)。文章の手直しもほとんどされず、発注した先生も一読して「うん、コレでいいわ♪」と、一発でOKを出した。この頃からではなかろうか・・・・? 文章を書くということをナメ始めたのは(爆)。普通、このテの作文を依頼されると、何日も悶絶してようやく形にするものだと思うのよ。大人だって、例えば結婚式のスピーチを頼まれたりすると、簡潔明瞭で、喜ばれる文章を組み立てるのにけっこう苦労したりするもの。子供らしい、優等生らしい文章を作るのは、ちょうどこの頃、最も得意とする分野だったので(笑)あたくしは別段苦労なく、言われた次の日に作文を持って職員室に献上しに行った。と、まぁ、6年生のスタートを切る寸前はこのような感じであった。何だか、自分のことなのに、書いてて虚しくなるのはなぜだ??(笑)「便利屋」と自覚したのはいいけれど、コレをズルズルと後年まで引き摺ることになったのだもの。虚しくもなるわな、そりゃ( ̄∇ ̄;)新しく赴任してきた先生たちを壇上に見据え、この作文を読んだ時点から、あたくしの超多忙な小学校最後の1年の火蓋が切って落とされたのであった。光陰矢のごとしとはよく云ったもの。決まった学校行事や、6年生ならではの修学旅行等々、他の学年では経験できないような数々のオプションもあったのに、いやに早い1年だった気がする。この年、患って寝たきりになっていた祖母が、夏休みの真っ只中に亡くなり、通夜や葬儀まであったのだ。春先に撮影したはずの卒業アルバムの写真と、実際卒業する頃の顔つきが、不気味なほどに違うのは、きっとそういうせいもあるかもしれない。さて、卒業式間際。あたくしの忙しさも一際(爆)。忙殺の日々の中、余分な問題も抱え込んで、身動きが取れなくなってさていかがしたもんだか・・・・と思い悩んでいたのだけど、昨日の「キキ」ではないけれど、あたくしも丁度この頃、最初の試練とぶつかるのである。卒業式当日。その試練があたくしに襲い掛かる、ほんの数時間前、あたくしはとある人から本当に誰にもわからないような餞の言葉をもらったのである。いよいよ教室で整列を済ませ、体育館へ入場するほんの合間の出来事であった。着任早々、早速6年生の担任を任された、うちのクラスの先生が、列の先頭にいたあたくしにこんなことを言ったのである。「ねぇ日野さん、覚えてる? あなたが丁度1年前、先生たちの前で作文を読んだこと。」「あぁ・・・・そうでしたね。そんなこともありましたね。」「あの作文を聞いていてね、正直、すごくドキッとしたのよ。」「え・・・・? どうしてですか?」「だってね、あなたが作文の中で『ひょっとしたらこの中に、私がお世話になるかもしれない先生がいらっしゃるかもしれません』なんて言うんだもの(笑)。その時にはもうクラス分けが済んでいたから、あなたの名前も知っていたし。私の受け持つクラスの子がどんな作文を読むのか、とても興味があったわ。あなたは期待通り、国語の成績は抜群に良かったし、本当に文章を書くのが好きなのね。毎日の自由課題でも、必ず1ページは日記で埋め尽くされてたものね。」「・・・・・・・・そう・・・・でしたね。」「どんな子達なんだろうって、不安もいっぱいあったんだけど、あの作文でとても安心したし、私は驚いたけれど、すごく嬉しかったのよ。」あたくしはこの先生の言葉を聞いて、それこそ驚き、あんまり冴えないような感さえ醸し出していたこの先生のことを、卒業式当日になって物凄く見直した(苦笑)。自分ですらどんな文章を書いたのか思い出せない、そんな作文の内容を、その1年間、ずっと覚えていてくれて、「便利屋」とはいえかなり好き勝手やっていたためにみっちりと詰まっていたはずの1年間のあたくしの記録を、ずっと追っていてくれたのだ。思い起こすと、中学の時こそが物凄く忙殺されていた感は今でも否めないけれど、全く別種の仕事を並行して、クラブ、委員会、児童会、学級委員、行事ごとに興される実行委員等、一番多い時で、6つくらいの「長」を兼任していたのがこの1年間の記録である。それぞれ全部、顧問責任者が違うので、昼休みや放課後はいつも、6年生の校舎に留まらず、学校中を駆け回らなくてはならなかった。毎日、毎日、そんな日々が続いていた。好きでやっていたから、特に誰かに見てもらいたいという気持ちはなかったけれど、何かをやっていないと不安だったのは確かだったから、そのために動いていたのかも。上からは期待され、下からは慕われる・・・・本当に、究極の「いい子」であるべくために。卒業式の式次第は、滞りなく済んでいき、あたくしがずっと張り詰めさせてきた一本の糸を緩めた瞬間に事件は起こった。・・・・些細な誤解が発端で、遂にこの日、隣のクラスの少女に、頬を殴られたのである。あんまりの出来事に、あたくしの瞳からは涙があふれ、どうしていいのかわからなくなった。まだ、究極の「いい子」を完全にやめたわけではなかったので、その場に居合わせているはずの友だちの顔を見ることもできなかったし、況してや、こんな惨めな姿を先生に見せるなんてできそうにもなかった。問題を起こさないまま卒業できるはずだったのに、最後の最後に先生の手を煩わせてしまうなんて、考えるだけで気が狂いそうだった。担任と学年主任、そして親の三者に囲まれて、卒業したはずの校舎に再び呼び出され、あたくしは宛ら「事情聴取」みたいなものを受けねばならなくなった。(リエが知っている「あの」事件のすぐ直後の話(苦笑))そこで、洗いざらい全部を話したけれど、あたくしの心は全く晴れなかった。話したところで、先生がどうにかしてくれるなんて思っていなかったし、卒業証書を受け取って帰宅までしているのに、どうしてまた小学校の世話にならねばならぬのだ?という点で、全く納得のいかない事態になった。加えて、事件の原因「恋をしてもいないのにしたことにされたこと」にも、やはり納得がいかなくて、ついさっき聞いたはずの、あの先生の「餞の言葉」さえも急にあたくしの中で意味を持たなくなった。あたくしが本当に腹が立ったのは、ませた人間に自分のペースをすっかり狂わされてしまったこと。殴られたことでもなければ、事情聴取で本当のことを話さなければならない状況にされたことでもない。あたくしが餞の言葉を送り、1年間、それを覚えていてくれて、再び餞の言葉としてそっと返してくれたその先生ですら、そんなあたくしがどうして泣いているのかというのは、気付けないままだったようだ。この事件が起こるほんの数時間前まで、あたくしは確かに充足していた。あの先生が持ち続けていてくれた、小さな小さな記憶が、あたくしを後押ししていてくれたことは確かだ。今や、そんな幼かったあたくしも、全く自分のペースで以って生きようとしている。巧くいかないことも多いけれど、それでも、他人に横槍を入れられることを思えば、かなり幸せだ。そして、ほんの少しだけ生まれた心の余裕の中に、もう20年位前の記憶が甦り、ショッキングな事件が起きる前の穏やかな時間のことも思いだせるようになったわけだ。ただ、物語の途中から視聴し始めた連続ドラマに誘発されただけだというのに。しかし、この事件の前に「私のことを見ていてくれる人がいる」という事実を知っただけで、あたくしは以後、結婚するまでの間、同じ女から殴られるようなお粗末な恋はしなかった(苦笑)。無論、殴るような男の近くにも行かなかった。あの時の悔しさのおかげ・・・・そんなふうに思ってもいたんだけど、やはりこの世の中、「蒼天在上」。誰かが絶対に見ているんだ。人が見ていないと思っていても、空は必ず自分を見ている。あたくしの場合、12歳という1年間をずっと見ていてくれた人がいた。「女王の教室」に関しては、放送途中から賛否両論、物凄く激しい番組ではあったけれど、「真矢」のように「見ている」教師に出会える可能性というのは、非常に低い気がする。あたくしが実際に出会った、12歳の頃のこの先生は、「真矢」のような異常な厳しさもなかったし、どちらかといえば穏やかで、多少抜けている感じもしたし、劇中、原沙知絵が演じている先生に近い。けれど、あたくしのことを見ていてくれたことに、今なら素直に感謝できそうだ。卒業式の時、クラスメイトたちは持ち上がりでほぼ全員が同じ中学に行くことが決まっていたので、別れというと、先生たちとの別れくらいしかない。しかし、それは、離任して別の学校へ行ってしまったり、学年が上がるたびに就いたり離れたりする先生と同じような感覚でもあるので、小学校の卒業式というのは、あたくしらにとっては義務教育の間の通過儀礼くらいの位置付けだった。加え、卒業式が始まるほんの数分前まで、あたくしは自分の担任のことにそんなに重きをおいていなかった。あの・・・・素敵な餞の言葉をもらうまでは。「いい加減、目覚めなさい。」とテレビから聞こえてくるたびに、自分まで、小学6年に戻ってしまう(笑)。そして、目覚めていなかった部分に触れられると、異様なほどに共振してしまうのかもしれない。↑昨日のキキみたいでしょ(苦笑)そして、更にすごい忙殺の日々が始まることなど、13の誕生日を迎えた時点でもまだ気付けないまま、あたくしは「あの」中学に入学していくことになるのですが( ̄∇ ̄;)今度こそ大人しくしていよう・・・・そう心に誓った矢先から、あたくしの計画は木端微塵に砕け散り、また3年間、同じような暮らしを強いられたのでありましたとさ(苦笑)。