2003年02月08日(土)
自省のとき/女性に「底付き」を要求するのは難しい


くりおねでお世話になっている先崎さんから、先日発送した色紙について、
それぞれのご感想をかき集めてきてくれたメールが届きまして、感激至極。


内容に関しては、とても正直に、真摯に取り合っていただけたようで、
あたくしは何よりもそれが嬉しい。
確かにあたくしが、あの小さな色紙の画面に「自分」というのをガッツリ
アピールするには、表現力が足らなすぎて、
それでも、金とって「書く」のだから、それ相応の責任は感じていたものの
「やっぱり、まだまだなのだなぁ・・・・」ということは自省できた。


実は、先崎氏のところに送った作品は、全て筆ペン・・・・。
あれ以来改心しまして、新しく書道用の筆を購入して、今はそれで書いている。
氏も「へたに草書体でうまくたって、若い人はヒクでしょう。」とも
「んで、相田みつをみたいなドドン感があっても、やはりヒクと思うのだ。」とも
メールの中に書いてきてくださった。
それはそうだと思って、スタンスを崩すつもりはないのだけど、
やっぱりなぁ・・・・自分にはまだまだアピールすべき物が足りないなぁ・・・・
コレだけは否めない。


あたくしは、一応署名と落款を押して、作品を発送しているのだけど、
署名だけは、どれも一緒なので、何度も何度も書いてしまうことになるのだけど
ここをついた感想もあった(苦笑)。
「『夕雅』の字はすごくきれいなのに、という表現であった。」
この感想は、正直、現実そのものなので、イタい(笑)。
メールの文章でちょっと前後するのだけど、こんなことも書いてあった。
「●●氏のところは、まあまあ、って感じで、あと△△さんのところもそんな感じ。
その『まあまあ』ってのは、やはり字の問題らしい。歌はいいのだね。」


救いがあるのは、歌そのものをケチョンケチョンにされてはいなかった
という、極々部分的で、あたくしが一番繊細に気を使っていた事に関して、
大きな「ダメだし」がなかったことかもしれない。
「私自身も、『きれーな字ではない、かつ、まだ訴える力がない』と思ったのだが、
想像してみると、あなたぐらいの年齢の若い人には、いけるのだろうと思った。」

先崎氏本人のダメ出しはこのような形で送られてきた。


とある女性に対して、あたくしは妄想的とも幻想的ともとれるような
歌を送ってしまったのだけど、
どれだけ下書きを重ねても、どれだけ捻っても、
あれ以上の「何か」があたくしに湧いてきたとはとても思えない。
実は、その女性が一番辛辣な意見を寄せてくれたのだけれど、
もう、それはご尤もですと頭を下げるしかない。
「メッセージそのものはとても考えられていていい」
とのことだったが、そのメッセージをもっとちゃんとした形で送ることができなかった
あたくしが不甲斐ないのであって、まだまだ研鑽が足りないということになる。
確かに、この彼女に充てて送った色紙は明らかに他の色紙に見劣りするし、
歌の内容はともかく、絶対に満足させる自信があって送った物だと自分で言えないのが恥ずかしい。


色紙の執筆に関しては、かなり環境も変わり、
執筆用の筆が変わったことは勿論、オプションとして和紙や千代紙を
貼り付けることも思いついたのでやってみることにしている。
最初は、粉絵の具や水彩色鉛筆からとった色で、指文字を書いていたのが
何だかこう物足らなさを感じるようになり、使っていないアイシャドーや
チークを水で溶かずにそのまま色紙にのせる・・・・なんていうコワザもあみだした。


これが、あたくしの「字の下手さ」をカバーしきれるとは思っていないが
今まで明らかに足りなかった「華やかさ」くらいはプラスできるのではないか・・・・
と、未だ実験中ではあるものの、そうして出来上がった作品は
とりあえず無料で配布し、反応を見てみようと思っている。


これは、先崎氏から送られてきたメールの後半部分。<転載御免

「俺もいつの間にか38才でありますが、そんなに歳をとったとは全然思っていなくて、
感覚的に若い頃(30才くらい)とほとんど違っていないように感じているんだけれど、
しかし今回のことで、『年代の差って、思ったよりあるのだねー』と思い知った。
つまりは、過ごしてきた時代の差。
『個性』というものの違いはもちろんでかいが、
なんだかそれらを囲み込んでる運命のような、そういうものを感じましたね。

前々から、年代による人の個性の違いというのは、
けっこう私の得意とするところだったはずで、今の10代、20代、30〜40代、50〜65、それ以上、なんて風に大きく分けたりして、理解していたんだけれど、
それはどうやら、当然だけどおおまかな傾向であって、
今回のように、実感的に思うことが無かったので、少し我ながらびっくり、なのでした。」



この文章に則って言うならば、あたくしはこの4月に29になるので、
彼曰くの「30歳くらい」の感覚域にいるのだろう。
多分、10個しか離れていないあたくしと先崎氏の間に、あたくし自身は
あまり距離感やジェネレーションギャップみたいなものを感じさせずにきたことが
今回の彼の「発見」に繋がったんではないかと思っている。
28のクセに短歌を作っては色紙に書いて、それを売る・・・・という発想は
氏の周囲にあって然りの個性で、「面白い」と食いついてくれたのもその所為。
しかし、彼の周囲にいた人間は、
思ったよりも芸術的にも感性的にも磨かれていたという現実がそこにはあった。


先崎氏の言う通り、年代的な傾向はあるものの、生きてきた時代の違いは大きい。
個々人の好みであるとか、個性であるとかに至ると、
そういうものはもっと大きく反映されるのではないか・・・・とあたくしも思った。
そりゃあ、もう、身に沁みて・・・・。


値段はあのまま掲示させて頂きますが、こちらの実験的な色紙でよければ
送料のみのご負担で、送らせて頂きますので、
この日記を読んだ方々も、今ならお買い得♪・・・・ってことで、
試しに、お問い合わせくださっても、快諾するおそれアリ〜♪
これからもどうか、あのおみやげやをどうかよろしくお願いしますm(_ _)m








自省も終わったので(早いな( ̄∇ ̄;))、話題はがらりと変わります。

最近すごく寝覚めが悪く、せっかく減らした薬も、また正規量飲まねばならなくなった。
しかも、オーアエからは眠剤をこれ以上出せない
と言われていたので、騙し騙しいくには、眠気を催すとかいう副作用をもつ
安定剤を少し増やすことで、何とか睡眠をとっている・・・・といった状態だ。


安定剤の副作用的眠気というのは、バリバリのレム睡眠で、
あたくしはそのレム睡眠の中で、恐ろしいほど大量の夢を見る。
しかも、あんまりにもリアリティに溢れているものが多いので・・・・
例えば・・・・誰々から電話で凄いクレームを受けた、とか
誰々からいきなり絶縁を申し渡された、とか
ダンスの途中に、誰かに足を引っ掛けられたとか、
登場する人物も事柄も、日常的に全くありえないことではないので、
目が覚めてしばらくは、現実に起こったことなのか、夢で見たことなのか
ハッキリ区別がつかない・・・・ということが多い。


よく、面白い夢とか怖い夢を見たと言っては、話してくれる人がいるのだけど、
そういう人が話してくれる内容というのは、さすが「夢」というだけあって
支離滅裂だ。
「ありえねぇよ〜! ぎゃははははははは _(__)/彡☆ばんばん!」
で終わらせることができる。


こういう夢も、あたくしだって確かに見るが、
ここ最近の夢は、明らかにどこかがおかしい。
何か無理が生じているのだろうか・・・・?


詳しく夢のパターンの特徴を列記すると・・・・。
�ー椶�どれも一緒で、必ず同じ長さとして処理される。
�△△燭�しと縁の深い知人などが登場する。
�6�を飛ぶ、気付いたら別の場所にいたというような稀有なことは起こらない。
�ぜ�分は勿論、登場した人物の行動や言動に何ら不可思議なことは起こらない。
�セ�間が流れているはずなのに、思い出すときはどれも必ず正方形の静止画面。


等々。
昔やったことのある、8�弍撚茲離侫�ルムを切ったり貼ったりした
「アラ編作業」を彷彿とさせる。
見た夢見た夢が、どんどん貼り付けられていって、
どこかで止まって、それが再生される・・・・みたいな感じなのだ。
無論、本当の8�丱侫�ルムは、1コマだけでは何が何だかわからない。
1枚の写真と一緒だ。
しかし、正方形の枠の中で起こった「事件」の数々が、数珠繋ぎのように
どんどん増えていって、まるでそれが1つの物語のように延々と続く。
「アラ編」でバラバラにしたはずの細切れのシーンが、1つの形になるように。


しかも・・・・何で、正方形・・・・?
奥行きも何もない平面・・・・?
不思議です。




奇しくも本日。
薬の効きが悪く、かなりなグロッキー状態のところへ、
某嬢からワン切りに近い電話( ̄∇ ̄;)
着信拒否にしてるんだから、まぁそういうことになるんだろうと、諦めたけれど
今日の予定としては、コレでぐちゃぐちゃ(笑)。
本当は山賊のところに向かうべく、
彼女からの電話がなければ、あと2時間は余裕で寝られて、元気な姿を見せられたのに。
起きたら、昼になっていて、サヨコも出かけた後だった。


まぁ、こういう日もあるさ・・・・と、朝・昼兼用の食事を摂る。


で、ガッツリレム睡眠だったので、見た夢のことを思い出してみるが、
自分でも、コレは絶対に夢だとすぐにわかる内容だったので、
爆笑こそしないけれど、一笑に伏して、コーヒーを飲んだ。

↑わかりやすくて助かった(爆)

こういうのだと、一発で夢だとわかるので助かる。
しかも、あたくしはこの夢の登場人物に特別な思い入れもなく、
(言うならむしろ、あまり好きではない)なのに、設定は「幼馴染」。
真面目な内容には違いなかったが、設定の時点で笑えるので、
精神衛生上、よろしい類の夢だったと言えるかもしれない(笑)。


ちょっと話はそれるが、昨日だったか、その前だったかの新聞に気になる記事が載っていた。
覚醒剤中毒患者についてだったが、並行して精神疾患についても記述してあった。
その中に「底付き」という言葉が何度も登場した。
要するに、堕ちるところまで堕ちた状態・・・・これを「底付き」というらしい。
男性は比較的早くに、底付き状態になるので、中毒だの精神的疾患だのからも
わりと早く立ち直ることができる傾向にあるらしいが、
女性は、性質上、「底付き」状態になるまでに色んな道があるので、
重症になる可能性も男性に比べて高いと、そこには書いてあった。
まぁ、弱小地方誌記者の書いていることなので、あたくしもその全部を信用したわけではないが、
「ない話じゃないな」・・・・くらいには思った。
精神疾患は別として、女性覚醒剤中毒患者は「底付き」に辿りつくまでに
男性ができる事以外に、男にくっつく・男に薬をもらう・売春をする・借金をする等々
「底付き」への道のりはかなり遠いというこの理論にだけは頷けたのだ。


コレを前提に話を進めていくと、某嬢の状態は、まだ「底付き」ではない。
まぁ、彼女は覚醒剤中毒ではないし、一緒にすべきではないと思うのだが、
この間のオーアエの言葉が頭をよぎる。

「堕ちるところまで堕ちれば、上を見上げるものだよ。」

まだ様々な言い訳が続いている彼女の状態は、「底付き」ではない。
専門機関はともかく、素人が下手に手を出す状況ではないということ。


それは、彼女が日記を書く度に、こちらも反撃文を載っけているので、
重々承知のことと思いきや、懲りもせず、電話をかけてきたりするのは
一体、どういう思惑なのか、そもそもそれが理解できない。
もし、所謂ところの「底付き」状態なのであれば、
まず、躁だろうと、うつだろうと、PCなんかに向かっていられない。
人それぞれ、症状に違いはあれども、躁のMAX、うつのMAXをこの目で見てきた
あたくしにしてみれば、まぁPCに向かえているうちは健康というわけ。
助けを求める声は確かに悲痛に響くが、本当に悲痛な状況は本人の行動として
表われない。


・・・・例えば「死にたい」とアピールしている人は、まずほとんどが死ななくて、
躁もうつもMAXになると、何の前触れもなくぽっくりとあっけなく自ら絶命していく。
自分の死によって齎される周囲の悲しみとか寂しさとかを考慮する以前に、
自分の苦しみの方が明らかに凌駕しているから、そういうことができるのだ。


あたくしの友人のお母様は、うつMAXでいきなり自殺。
あたくしの恩師は、躁MAXでの突発的自殺。


どちらも、周りのことなんか考えていられなくて、本人が一番楽になれる方法・・・・
所謂「底付き」を経て、そこからどうにもできなかった典型的な例とも言える。
この亡くなった2人は、きちんと通院もしていて、
恩師に至っては、ほぼ家の中に軟禁状態で、環境的にはあんまりよろしくないと言えるけれども
友人のお母様については、旦那様が絶えず彼女の傍についていたにも拘らず、
ちょっと目を離した、ほんの15分〜20分くらいの間の出来事だったらしい。


「死にたい・・・・」
という主張が終わった頃が一番ヤバい。
その清々しい表情の裏側に、人生の整理整頓を遂げた達成感が隠されている場合も
多々あるからだ。無論のことだが、近親者のショックは計り知れない。


オーバートースや自傷行為をする人間は、あたくしにしてみれば
それが彼らの「趣味」であり、「精神安定剤」なのだな、という域を出ない。
だから、それに関しては言及しないことにしている。
あたくしも1度ならずとも、例えばこの日記とかに、「死んでしまいたい」
とか書いたことがあるけれど、だからこそ、それが証拠物件になる。
「死んでしまいたい」と書いたことは、
「生きて何かを残すべきライン(場所)にまだ自分がいるはずなんだ」
と自分に信じ込ませようと必死になっている証なのだ。
なので、あたくしがオーバートースや自傷行為を毛嫌いし、自らも一切しないのも
それに帰依する。
確かに、そういう願望があるということは否めないけれど、
そうすることでは、確実に死ねないというのを知ってしまったので、
無駄を排除する性質のあたくしは、そういう無駄なアピールとかをする前に
もっとしなければならないことが沢山あるんじゃないか・・・・?と思うのである。


助けを求めているのだから、助けてくれるのは当然・・・・という考え方も
あたくしは嫌だ。


そういう状況に陥る可能性があたくしにもあるから、尚更なんだけど、
「当然」というのは、何だか自分を余計に卑下しているようで、プライドが許さない(笑)。
助けを求めたら、多分そこには「ギブ・アンド・テイク」が生まれる。
「テイク」は、処方から発生するお金であったり、物品であったり、その時々に依るが
「助けてもらって当然」という概念が拭い去れない限り、多分、誰も助けてくれないだろう。
私はそう思う。日本はそういう国だから。


しかしアレだな・・・・。
あたくしの『個性』として片付けられた中の「一平」について、
一つだけ腑に落ちない点がある。
「個性」だけで生理痛の痛みとやらは、無痛として回避できるのか?
思考回路その他についても、全く責任がもてない。


暗黒ヤロウのことについては、今、必死に自分でも努力中。
暴れるとか、そういうことはしていないけれども、
とにかく、その根底にあるものをハッキリさせようと、努力中・・・・。
努力・・・・っつうか、何をしていいのか全然わかってないんだけど、
どうして封印されなければならなかったのかを、自分以外の人たちと話すことで
ちょこっとずつヒントみたいな物を掻き集めている。


ちなみに、某嬢が調べていた、虐待だとか不当な扱いについてだとかを
自分に照らし合わせてみると、自分も立派に虐待やら不当な扱いを受けていることが判明した。
父親に色々されたり・・・・性交渉こそなかったけれども、
あたくしが徹底的に拒否をしても風呂場に乗り込まれる・・・・なんてことは
中学2年まで続いてたもんな。
泣いて頼んで、母親に風呂場用の簡易鍵を設置してもらってからも、
父親は、ドアをガタガタさせることを面白がってやめなかった。
「・・・・ったく、子供だよ、この人は。」
と思ったのも確かで、鍵が付いてからはゆっくり入浴できるようになったけれども
実は母親も知らないような彼の奇行は、遡ること20年ほど前から、ず〜っと
続いてはいたのだ。


これは「傷」「PTSD」と呼べるような御大層なものではないと自分でも思っている。
実は後に、親にも話していない、強烈な性的事件もあるにはあったからだ。
しかし、現実社会はもっと恐ろしいことが水面下で沢山起こっている。
こういうのは、比較して、誰が一番酷い目に遭ったか・・・・というのを
算出すべき物ではないのだが、とある男性のところに個人的に寄せられた相談のうち
100人はいたと思われるその中で、およそ30%がレイプ等の被害者で、
酷い人などは、中学1年時に見ず知らずの男らに拉致されて強姦されたというのもあったらしい。
彼は別にカウンセラーとか識者とかいう肩書きなんかは全然なくて、
単なる普通の男性なのだが、寄せられる身近な女性の相談内容の中に
あまりにレイプ関連の問題が多いことに、驚愕したそうだ。
そして、表面化していないものの、こういうことは誰にでも起こりうる悲劇なんだと
男性なりに憤りと、正しい見識を持つことができたと言っていた。


こういう目に遭った女性は、大抵二つの道から一つを選択して、自分を立て直す。
一つは、決して男性に近づかない「男性恐怖症」。
もう一つは、強制的に男性を怖くない対象として認識するために陥る
「セックス依存症」。
あたくしは、後者だった。
その彼もあたくしの行動を遡って、それを黙認した。
どちらかを通らなければ廃人になってしまっても仕方がない、究極の選択的
「道」かもしれないと。
あたくしもそういった相談を結構受けた。
同情こそしないが「どうにかならぬものだろうか・・・・」と真剣に悩んだ時期もあった。


しかし、現実は厳しい。
他人に起こったことを、自分に起こったこととして解決に導くのは
カウンセラーであろうと識者であろうと、完璧は求められないのが実情なのだ。
出来てしまった傷は、痕が残る。
あたくしは、もう20年以上の付き合いになる自分の右手に残った、
複雑骨折の時のケロイド状の手術跡を眺めながら、
心の傷もまたそうなのか・・・・と諦めにも似た感情を抱く。
とても虚しいのだが。


こういう状況は、田舎にいるととかく理解されづらく、生きづらい。
大都会にいると、感覚は麻痺するが、それ以上に病状の進行もまた早い。
田舎にいると、感覚こそ鋭敏になるが、生きづらさから治療に専念することができる。
一長一短・・・・どっちもどっち。
どちらを選ぶかは、また個々の決定に委ねられる。どっちも、辛いのに変わりはないが。

あさみ


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