トモくんのとこの第2子の名前が、早速昨日判明しました。
百峰ちゃんの時は、まじ、どう足掻いても読めるわけがなかったけど、
桃和ちゃんのは、言われてみれば「あ♪なるほどね♪」と納得できる領域だったので
ちょっと感心した。奥さんのマキちゃんがつけたらしい。
なかなかいいセンスだな♪と思った。これ、まじで♪
大体、出生時に届出される名前を統計して、
その年に多かった名前というのを、某大手生命保険会社が毎年調査しているらしい。
その子達が、就学年齢に達したり、就職活動を始めたりするのをきっかけに
再び、その年代の名前の傾向みたいなものに注目が集まる。
ついこの間、再会を果たした高校・大学通しての同志、トキも、
某大手会社の就職希望者を相手にテレアポのアルバイトをしているということで
最近の20歳前後の人たちの名前に、すごく変わったのがあるというのを示唆していた。
「大体、この会社に電話してくるのって、
六大レベルのあったまいいヤツが多いんやけど
この間、たまたまうちの大学の人からの電話とったんや。」
「へぇ〜。」
「その子の名前が変わっててなぁ。」
「どんな名前よ?」
「『私、●●大学●●学部●●学科の高橋ゆずと申します。』
って名乗られてさぁ・・・・
思わず、『え???? ゆずですか????』って聞き直したよ。」
「ゆずちゃんかぁ・・・・かわいいね♪」
「でも、俺らの時代には有り得へんかったやろ。」
「あぁ、まあね。
あたしの名前なんて、ありきたりだからさぁ。
漢字は違うけど同じクラスに3人いるなんていうのもあったからねぇ。
あんたの名前もそうよね。
ありがちだけど同じ字の人に出会ったことないんじゃない?」
「おう、おう♪ それは言える。
俺もお前も、名前の音そのものは珍しくないけど
字が珍しいかもな(笑)」
あたくしの名前(本名)は本当にありきたりで、
それこそ、たまたま宛てられた漢字がちょっぴり珍しいかもな・・・・という感じだ。
クラスに3人なら、学年に10人、もしくはそれに近いくらいの人数いても
おかしくもない。そのくらいにありきたりの名前。
トキも同じで、読んでみれば何てことのない名前だけど、
それでも漢字だけを見せて、
きちんと読んでもらったことがあまりないようなことを言っていた。
あたくしらの時代には、女の子でいうと「●子」という
下に「子」のつく名前がまだまだ多かった。
その中に、下に「美」のつく名前の子がいたりして、
そういう名前に憧れた。
そんなあたくしらの次世代を担う子供たちの名前を論って、
「カミナリ現象」と呼称する命名傾向が見られる時代があった。
下に「子」のつく名前が激減して、
代わりに「香」とか「美」とか「奈」とか「里」とか、
そんな字のつく女の子の名前が増えてきたのだ。
そんな名前ばかりが羅列された名簿を見た小学校の先生が、この現象に名前を付けた。
その子達が、そろそろ大学受験や就職活動なんかに参戦してくるようになる。
件のゆずちゃんはその年代でも結構珍しい名前だろうけれど、
これは、昨今流行の「植物現象」を先取りしたものだとも言える。
この現象は、女の子の名前に、植物の名前・・・・主に花の名前を使うようになった
のを指す。
「桃」「桜」「杏」などはそのベスト3に入る、命名頻度の高い文字である。
最近、下に「子」のつく名前が減ってきたのを逆手にとって、
「桃子」「桜子」「杏子」(きょうこ)なんていうのも珍しくないらしい。
この子たちが、あと数年を経て就学年齢に達する頃に、
名前の傾向については、もう一度注目されることだろう。
この間、回覧版の中に小学校の会報誌が入っていて、
この春に卒業する6年生の顔写真と名前が載っていたので、
何とはなしにそれを眺めていた。
満12才。平成2年〜3年に生まれた子たちだ・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
平成生まれが、小学校を卒業するのかっっ??????
ちょっとした、ジェネレーションギャップを感じる(爆)。
この子たちの生まれた時期には、あたくしたちは高校生・・・・。
青春真っ只中。
今や、自分が子供の一人や二人いたっておかしくない年齢にまできていることを
ひしひしと感じさせる小学校の会報誌・・・・。侮れない(苦笑)。
と、子供の数がえらい減っていることに気づく。
あたくしらの時は、4クラスあったあの小学校。
今や2クラスしかない。
半減・・・・・・・。
そういえば、単純に考えても、近所に子供の姿を見なくなったもんなぁ。
うちらの頃は、どこにいっても、そこらで小学生が所狭しと遊んでいたのに。
うちらの時代だってファミコンくらいはあったから、
外遊び、家遊び、両方していたけれど、それでも外には子供が必ずいた。
と、そんなコトはおいといて。
とにかくその子らの名前に注目した。
おや・・・・?と思う。
結構いるのだ。「子」のつく名前の女の子。
男の子の名前はこの頃から頻繁に登場するようになった「大」という字が目立つ。
で、同字の男の子(確か「雄大」だったかな)がいるにも拘わらず、
女の子には同じ漢字の子が1人もいないのである。
これは、あたくしらの時代にはあんまりありえない。
女の子には結構、同じ名前同じ文字というのがあったが
男の子の名前で、文字が一緒というのは見たことがない。
ありがちな名前ならともかく「雄大」はありがちなのか・・・・?
これも「時代」の影響とかいうやつか。
目立ったところで「芙紀」ちゃんという名の女の子を発見した。
「植物現象」に当てはまる。
音もなかなかイカしていると思う。かわいいな。
そうそう。
従兄のドドちゃんとこに生まれた男の赤ちゃん、名前は「楽」(らく)という。
由来を聞いたら、「ラクして生きていけるように」とガハハと笑っていた。
でも、なかなか小洒落たいい文字を選択したなと思った。
音もいい。
でも、子供が物心がついた時に絶対するであろう、
「どうして自分の名前はこうなの?」
という質問に対し、彼らは本当にこう答えるのだろうか(笑)?
そして、本当にそう答えたときに、子供はへこまないだろうか?
それが何となく心配な今日この頃である(爆)。
あたくしは、自分の名前の由来を聞いた時に、かなりへこんだ。
自分の親はなんて安直に命名したんだろう・・・・恨みも半分入っていた(笑)
弟の名前はかなり凝っているのに、どうして自分だけ・・・・?
そうも思った。
同じ名前の女の子で違う文字を使っている子が羨ましかった。
どうせなら、こういう文字の方が意味もありげで、親心も良く伝わっていいのに。
そう思ったこともあった。
その延長で、自分の名前の漢字の意味を漢和辞典で調べたこともあった。
予想通り、漢字そのものにあまり良い意味はなかった。
でも1つだけ、良い意味を見つけた。
「まっさらで清々しい様子」
こんな意味があったのか。それまで知らなかった。
でも、この字で以って命名した親はきっと今でもその意味を知らないままだろう。
自己満足を得た時点で、あたくしは自分の名前を追うのをやめた。諦めた。
あたくしは、あまり名前を呼び捨てで呼ばれたことがない。
苗字の呼び捨て、もしくは名前に「さん」付け。
●●ちゃん・・・・こう呼ばれることは、まず皆無だった。
それは、この名前が音としてあまりに氾濫しているので、クラスの中や
その他グループでも、重なってややこしくなるからだ。
中学3年の時には、同じクラスに同じ苗字の女の子があたくしを入れて3人いたのに
1人は「ちぃちゃん」、1人は「ともちゃん」
でもあたくしは「●●子さん」だった。納得いかなかった。
高校3年の時は逆で、同じクラスにあたくしと同じ名前の子が3人いた。
ここではそれぞれみんな「●●子」関連で呼ばれることはなく、
みんながそれぞれ、苗字から派生した渾名や、
苗字をそのまま呼び捨てで呼ばれていた。ここでは納得がいった。
更に言うなら、あたくしの本名は苗字と名前セットになると、
某有名大女優と同じになるので、それだけですごくインパクトを与えていたらしい。
奇しくも、その女優が大ブレイクした頃、あたくしらは中学〜高校時代で
テレビもよく見ていたから、彼女の名前が出るたびにくすぐったかった。
歴代の彼氏で、あたくしの名前を呼び捨てで呼んでいたのはほんの僅かだ。
あたくしにこの名前がついていること自体、少し違和感があるといって、
最後まで苗字で呼びつづけた人もいた。
年下の彼は、あたくしのことを「●●子さん」と呼んだ。
とても呼び捨てには出来ない・・・・などと言われて、あたくしは「孤独」を感じた。
あたくしの本当の名前は、あたくしの雰囲気を表しているものではない、
そう言われているような気もした・・・・・。
ぷよ2ちゃんは、あたくしをHNで呼ぶ。
・・・・あさみ。
それで慣れた。逆に今更本名で呼ばれると、気持ちが悪い気もする(笑)。
出会いがチャットだったから、この方が自然で、居心地もいい。
でもあたくしには、本当の名前もある。
親がつけてくれた名前。
本当のことをいうと、あんまり気に入っている名前ではないけれど、
それでも、あたくしという存在は、そこに帰依し、帰属するから。
「千と千尋・・・・」でも言っていた。
名前を忘れたら、戻れないんだよ・・・・・・と。
あたくしも忘れないようにしよう。
自分に与えられた「いのちの名前」を。