ACIM Lesson108 「与えることと受け取ることは、真にひとつです。」 - 2017年04月26日(水) To give and to receive are one in truth. 私がいま与えているものを、受け取ることになる。 I will receive what I am giving now. 今朝、このワークを始めたときにパッと思ったのは、「win-win ってこれか」ということでした。 先日、職場の人事考課があって上司と話し合いをする機会がありました。 わたしは自分のことを話すということが苦手なのと、それから物事の考える傾向が上司は現実的であり、一方わたしのほうは世俗のことに興味が向きにくいということで、自分が言いたいことが伝わるように話せるかどうかに不安がありました。 とにかく「上司の話に耳を傾けよう」と思って面談しました。うまく伝えようという考えはどこかへやりました。うまく伝えようとすると体がかたくなるのがわかるので。 面談の最中も、話を聞こう、耳を傾ける、と思いながらそこにいました。 自分の言いたいことが伝わりにくいところや、物事の受け取り方が異なるところも多く見ましたが、それだからこそというか、少なくともわたしにとってはとても有意義な時間となりました。 自分の不得意なところ、見えにくいところ、それらを、それが得意な人の眼鏡を借りて見せてもらえるみたいな感じです。マインドを借りるっていうのかな。 だから、自分のこれからを思うときに、とどまっていたものが除けられ、道が開けた感覚がとてもしました。 なので、「上司の話に耳を傾けよう」と聞いていたことは、自分が受け取った、自分のものとすることができた、もらえた、そういった感覚を得ていました。 そして、なんだかそれだけではなくて、それと同時に「相手に与えることができた!」という感覚もしました。 その時は、ただ「相手の話に耳を傾ける」ということしか思っていなくて、「受け取ることは与えることとなるよ〜」とか、「わたしは与えるぞー」とか、そういうことは考えていなかったのですが、感覚として、「あ、贈り物をあげられた」って感じました。 なんでそう感じたのかはわからないのですけど。 そういったことも今朝思い出しました。 「与えることと受け取ることは、真にひとつです」 今朝思ったことから、自分が与えたのに自分が得られたような感覚を感じることもあるし、受け取ろうとしたのに自分が相手に与えることができたように感じることもあるなあ、と確認したのですけれど。 おもしろいのは、与えようと思ってるのにお互いに減るばかりと感じることもあるし、受け取りたいと思っているのに全然手に入らない、むしろ減る感覚しかない、みたいなこともあるなあ、ということです。 さてと、何が違うのでしょうか? 言葉でいうと簡単すぎる答えだけど。 それぞれの感覚の違いにそれぞれの別なものを与えようとしたり受け取ろうとしたりしてる感じなんだなあ。 今日のワークの文面は、皆に平安とか優しさを「差し出す」「与える」、そういう感じだったのに、自分が「受け取ろう」としたことから感じられたことを思い出しました。 そしてその「受け取ろう」としたことから感じられた感覚が、「与えよう、差し出そう」とした時と同じ感覚がする、ということにさわれたというか、さわってみたら同じだった、とわかったというか、今日はそれらがおもしろかったです。 ...
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