科学的とは?

昨日、久しぶりに知人が経営するお花屋さん知人が経営するお花屋さんに行ってきました。その際に、前から欲しかったバニラのアロマキャンドルと、それを置くためのガラスの器を買ってきました。

アロマがどれほどの効果を示すのか、科学的な根拠を見たことがないので知りませんが、そんな根拠はなくても実際にバニラの匂いを嗅ぐと心が落ち着くのです。世の中にはそのようなものがたくさんあります。今日も、心理学の授業で「科学的とは?」という話しの中で、気功の話しが出てきました。気功の効果をどのように実験すると科学的に証明されるのか?という科学的実験の基本の話でした。

私は、言語聴覚士ということばのリハビリを行う職業を目指していますが、この科学的という話しを聴いて、非常に複雑な気持ちになったのです。言語聴覚士というのは、実際に患者さんを目の前にしてことばの回復を目指すための訓練を行います。その実際の場面に、科学的という考えはあまり入りこむ余地がないと思うのです。もちろん、科学的に証明され確立された理論の知識そして技術をベースにしていくことは間違いありませんが、それだけでは解決できない問題がたくさん出てくるに違いありません。例外もたくさんあるでしょう。

科学的な証明を待って臨床を行っていたのでは、目の前の患者さんに対して有効な対応はできないのです。しかし、だからといって科学的なものが大事じゃないわけではないようです。しかし、科学的な証明がどういった点で必要なのかもう一つ分かっていない気もします。儀式的・宗教的な治療法から、西洋医療を基盤とする現代医療を守るためなのでしょうか?そこが、非常に複雑な気持ちにさせるのです。

アロマが科学的にどれほどの効果をあげるのか知りません。しかし、知る必要もないのです。なぜなら、リラックスした気分を実際に味わっているからです。しかし、そこに科学的な証明を求める人達も居ます。揺れるアロマキャンドルの炎を見ながら、科学的とは何か?それは何を私達にもたらすのか?を考えるのです。

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日記 / issy