さんかくのしそう

2002年09月26日(木) 考える事

明日(9/27)は小児科学の試験です。「こどもは大人を小さくしたものではない。」ということを繰り返し言われていた面白い先生でした。その先生が常におっしゃっていた事は、「基本中の基本用語は暗記して下さい。後は、理解してください。理解するとは考えることによって答えが導き出せる状態のことです。」ということでした。

私が新入社員として会社で働き始めたときも、直属の上司はいつも「自分の頭で考えろ。」ということを言っていました。その上司の場合は必要最低限の基本用語も説明してくれなかったので、そこから自分で調べて理解することから始めなければいけませんでした。何も無い状態から何かを導き出す事は、人間の能力のハイライトです。この能力があるからこそ、人間は人間らしく生きられる環境を手に入れたのです。

しかし、情報が溢れ、多種多様なモノは常に面前に用意され、私達はあまり考えなくてもなんとなく快適な生活が送れるようになりました。オーストラリアでの生活から帰ってきたときに、3年ぶりに日本の繁華街へ繰り出したときの驚きは今でも忘れません。なんとモノが多いことか!そしてその種類の豊富さ!日本の豊かさを身にしみて感じたのです。今は、インターネットや通販の充実で都会に住んでいなくても情報やモノは簡単に手に入る時代になりました。

例えば、フラッと入った喫茶店のレイアウトだって、なんらかの意図をもってデザインされているわけです。今まさに手にしているパソコンのキーボードだって何らかの意味が十分に考えられて作られているはずです。そうやって考えると、私達のの周りに何気なくあるモノや情報は、私達の考える過程をすっとばした結果だけを提示してくれているということになります。「こんなのあったらなあ〜」と思う気持ちが、「こんな風にしたら便利じゃないの?」という思考を生み出し、それが現実のモノや情報に形を変えていくわけですが、その思考の過程を企業が私達の代わりにやってしまっているのです。

この勢いでモノや情報が増えていくと、私達の生活の中から考えるきっかけさえ無くなっていくのではないか?そんな気さえします。実際、今考えずに生活しようと思えばできてしまう世の中です。考えることを少しでも意識して生きていきたいものです。


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