受け入れること

受け入れるということは、とても難しい事です。例えばウツ状態の人に「頑張れ」とか「やればできるから」などという励ましは厳禁だそうです。なぜなら、ウツ状態にある人は頑張らなければいけないのが分かっているのに頑張れない、やればできるとわかっていてもやれない。そんな状態にあるからです。できないことをやれというのは、足が無い人に走れというのとそれほど変わりません。

世の中には足が無くても走っている人はいます。パラリンピックを見れば、特別な義足をつけて走っている人達を見ることができます。リハビリの定義の中には常に本人への動機付けが重要な要素になってきます。ただし、本人への動機付けという概念を字面だけで理解しようとすると、短絡的に「頑張れ」とか「やればできる」という浅はかな励ましになってしまうのです。本人をとりまく背景因子を様々な角度から想定し、そして本人に励ましと言う一方的な動機付けではなく、様々な価値観を提示し、本人の気づきを誘うということが大事になってきます。

これは別にウツ状態の人や、障害を持つ方々へのリハビリにおいてだけの考え方ではありません。私達はそれぞれが個性を持っています。その個性は、その本人がこれまでに経験してきたことの記憶と思考の上になりたっています。それを理解することは不可能ですが、私とは違う人生経験を送って来たのだという「違い」に対する理解はできるはずです。また、目の前にしている人が弱音を吐いていても、人によってそれが助けを求めるサインであったり、ただ自分の中にたまっている毒をはきだすことでバランスを取ろうとしているのかもしれません。私達に必要なのは、そういった人を前にしたときに、どのような役割を果たすべきなのかをじっくり検討する必要があるのです。

少なくとも私は、このような考え方で人と接していきたいと考えるのです。お互いに良い影響を与え合うには、このような受け入れる努力が必要だと思うのです。

過去の今日
2002年09月25日(水)

日記 / issy