さんかくのしそう

2002年09月15日(日) 気持ち 第二弾

前回の日記で書いたように、私達は周りの様々な情報を頭にインプットし、それに対して反応としてアウトプットします。そして、アウトプットに「気持ち」という要素を反応させ最終的なアウトプットを出します。ですから、「気持ち」のコントロール次第でアウトプットは変わってきます。

さて、この話しを元に、人間同士が心を通わすことについて考えてみました。私達は、人とのコミュニケーションを通して、分かり合うという努力をしています。コミュニケーション手段の代表的なものとして、言語があります。私達は多くの事を言語を駆使して人に伝えようとしています。言語と言うのは簡単に言ってしまうと記号です。ですから、Aという情報を代弁する「AA」という記号を相手に見せる事によって、相手にAという情報を理解してもらおうとします。例えば、体が冷たくなってぶるぶる震えてきて、鼻水が流れてきたとき、またはその徴候が出た時に「寒い」という記号を使います。

普段、あまり考えないことの一つは、私達は言語によっていったい何を伝えようとしているのかという事です。仕事などで、「この書類を3枚コピーしておいて。」という事務的な情報伝達においては、指示によって依頼者の必要としている情報が直接的に相手に伝わっています。しかし、私達は日常的にこれよりも高度な情報伝達を言葉に託しています。感情であったり、抽象表現などです。高度であるが故に、様々な誤解が生じたりします。

単なる言い回しの問題で誤解が生じるならまだよいでしょう。しかし、言いまわしも問題無いのに、うまく情報が伝わらないことがあります。それは、言語という記号が指し示している情報が、伝える側と伝えられる側で違うものとして捉えられるからです。例えば、日本人が言う「今日は暑いですね。」という言葉と、赤道直下に住む国の人の「今日は暑いですね。」は同じ意味でしょうか?

答えは明確です。私達が考える「暑い」と、赤道直下に住む人の「暑い」は違うでしょう。どういうことかというと、「暑い」という記号に置き換えようとしている感覚(インプットされる情報)が、私達と赤道直下の人々とでは異なるからです。同じ日本人同士でもこのような言葉の裏にある背景が違うために、問題無く言葉を使っているのに伝わらないということが起こります。当たり前のように起こります。

私達はインプットされた情報に気持ちという色をつけ、その色のついた情報をアウトプットします。アウトプットの一つは言語です。私達はアウトプットを用いて人々と情報の交換をするわけです。私は、Aという気持ちを伝えるために「AA」という言葉を用いました。しかし、あなたは私の「AA」という言葉を聞いて「B」という意味に取りました。このような記号に対する気持ちの相違が起こっている事を、お互いにどのようにして知る事ができるのでしょうか?

このように考えると、気持ちを伝えるのはとても難しいことなのです。いや、伝わらない事の方が多いかもしれません。私達は、常に「AA」という言葉の裏には、人それぞれの気持ちがあることを推測しなければなりません。その推測ができるには、さまざまな人とじっくり話しをする必要があるでしょうし、その人と同じような経験をすることも必要になってきます。本を読み、多くの視点や考え方に触れておく事も大事なことです。

「人の心がわかる心を教養という。」という言葉を聞いたことがあります。逆に言えば教養がなければ、人の心はわかりにくいということも言えるのではないでしょうか?気持ちというのは、私達自身の行動を決定付けるだけではなく、人との関わり=社会との関わりをも決定付ける大切なものなのです。私達は常に自分の気持ちとどのように付き合っていくかを真剣に考える必要があるのではないでしょうか?


 < 過去  INDEX  未来 >


issy