「ひばり」四回目にチャレンジしてきました。 風邪のせいか腹部の痛みが酷くて、途中チケットを 手放さそうと思ったのですが、(掲示板に書き込んだ(笑)) 引き取り手が無かったので、これも運命と思って、行くことにしました。 そんな劣悪な体調にも関わらず、 面白かった。
見ている私に余裕が出てきたせいでしょうか? 初演時より細かい所まで演技が行き届いている気が、 それとも、漸く気が付いたのかしら。(笑)
同じ絵のパズルなんだけど、パズルのピースが前より細かく 複雑になった感じ。同じことをしているのに、ちょっとずつ違うのですよ。 よく煮込まれたスープのようにね。
D席10番台。座席が舞台に近いけど、 俯瞰しやすい位置というのもあるかもしれない。 バランスからいったら、一番良い席だったかも。
今回、席が間違い探し程度しか違くないと思っていたのですが、 結構、見る場所見る場所によって、違う発見があるのが、驚きでした。 リピートくせになりそう。←主にたか子さんに限るが(笑)
最初の難関でもあるボードリクールにとっつかまって、 あのパーカーの帽子の部分を取られて、手足とかぶらぶらする所なんて、 どんどん可愛いくなっていく。←欲目? 異端を放棄し、シャルルに突き放され、(本当にもう)牢屋に戻ってくる所の、 手足を戒められている鎖の重さ。その後、泣いちゃうんですが、誰かが来たと 思って、涙を拭うところなんて、拭うというのも可愛いのですが、 舞台で魅せるように拭っているのだけど、本当に拭っているように見える。 そして、指先までが美しい。
この辺りは、初めからだったのか、私の中でジャンヌどうなっちゃう? というのが無くなって、落ち着いて見られるようになったからなのかは、 定かでは無いのですが、(近頃、とんと記憶力が(笑)) ああ、こうゆうことなんだと判ったのが、ジャンヌと神の声の関係。
ジャンヌが自分の半生を語る中で、 彼女が聞いた神の声が出てくる段になり、
「神の声は誰がやる?」 「もちろん、私よ」というやりとりがあるのです。 最初はただ言葉通りに受け取っていました。だって、ジャンヌの聞いた声は、 彼女以外に判るはずがないから、彼女がやるんだって。
でも、あそこは神の声を演じられるのは、自分以外に居ないという、 劇中の言葉で言い換えると、傲慢。 冒頭近くの”夢見るような表情で誰かを待っている”というのも、 私には重すぎるといいつつ、「そうよ、私は待っていたの」と、 自分を説得する神様を待っているのだから、これもある種の傲慢。
更にいえば、 異端放棄=ジャンヌが今まで行ったことを無かったことにすれば、 火あぶりは免れるという場面で、 「イエス様はお前より苦しい目に合われているのだ」とのセリフが引き金になり、 ジャンヌは異端放棄を決意するのですが、
神であるイエス様と自分を比較しちゃうのって、この上もなく傲慢と、思います。
つまり、何が云いたいかというと、彼女はただ利用されるだけ利用された 哀れな少女ではなく、やはりどこか突き抜けているというか、 ああああ、実はあんまり判ってないのかも。(笑) でも、判りきらないから、考えてしまうのね。 ともかく、それら全ての要素が集まって、ジャンヌは火刑台への道を選ぶのだろうなと思いました。 又、そんな少女では無かったら、「ひばり」はそもそも書かれなかったかもしれませんが。
と、こんなに「ひばり」が好きな私ですが、物販で売ってるTシャツは、ちょっと要らない。。 タイトルのゴロが入っているだけなの。つうか、どこで着ればいいんじゃいっ。
でも、あのポスターはちょっと欲しいかも。。 前楽の日に合ったら、買ってしまうのかしら。。←いや、落ちつけ、私。
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