夜中に怖い夢を見た。
夢の中の私は、立っているのが辛く、少し立っているとすぐバタンと倒れてしまう。 倒れてしまうと身体がいうこときかなくて意識があるのに言葉を発することもできない。 途中の記憶が抜けてきて気付くと違うところにいる。 例えばエレベーターの中で次に入ってくる人がいるのに「開」を押さないで閉まってしまったり、通常できるはずのちょっとした心配りができなくなっている。 息苦しい。恐怖で身体が震える。 こんな状態が続けば、夫から見放されるかもしれない、という恐怖に押しつぶされそうになり、涙が流れてくる。 怖い、すごく怖い。すごく怖かった。
背中が大きくグラッときて、ハッと目が覚めたと同時に立ち上がった。 夫はびっくりして目を覚まし「何?何?」 「地震。」
地震だった。 蛍光灯のひもは、大きく揺れている。
「ほら」 「ほんとだ。よく気付いたな。」
すぐ娘の部屋へかけつけると、タンスの横に頭を向けて寝ている。「地震だから危ないからね。」と、静かに声をかけ、抱きかかえ、安全な場所へ移動して寝かせる。「ここから動いちゃ駄目よ。タンスが倒れてきたら死んじゃうからね。」 次に息子の部屋へかけつけ、危ないものは周りにないのでそのまま安心して自分の部屋に戻る。
時間を見ると夜中の1時頃だった。
そうか、こんな短時間の間に、あんな夢を見ていたんだ。 大きく感じた地震、一体、震度いくつだったのだろう。
テレビの電源をつけ、震度3と知る。
以前、子どもたちと一緒に寝ていた時は、咄嗟に起きて二人の子どもを自分に引き寄せたものだ。その時、初めて、何かあった時に子どもを守ろうという本能が備わっている自分に気付いた。ずっと恐怖だったのだ。
子どもが溺れてしまったら、助けられるだろうか。 その恐怖で、下の子が幼稚園の時に水泳を習った。そしてなんとか50m泳げるようになった。8mくらい泳ぐのがやっとだったのに、泳げなければ助けることもできない、と、水泳を習った。
子どもの心臓が止まってしまったら。 救命救助の講習を受けた。呼吸が止まった、心臓が止まった、という元に講習を受けるというもの。実際、講習を受けたからと、その時になったら頭が真っ白になってしまうのかもしれない。それが怖くて想像するだけで身体が震えることがある。その度に、子どもの場合はどうだったけっと、調べて確認する。
いろんなことが頭をかけめぐり、やっと自分が喘息だということに気付いた。
苦しかったのは喘息のせいか。薬が切れていて、どうにもならない。 苦しいのと、騒音(大きな道路沿いにマンションがあり、夜はトラックの音がうるさい) とで眠れないでいたが、いつのまにか眠っていた。
夫は天候で仕事が休みになり、私が眠れないのを知って、子どもたちを起こし仕度させるよう施してくれている。私はギリギリに起き、登校班へ向かい、班の子たちを送り出す。
身体はだるく、息苦しい、洗濯をするのがやっとでだらだらしていた。
私は夫に「夜、映画を観に行こう!」と言った。 夫が休み&娘の予定が何もない、平日は滅多にないからだ。 平日しか使えない招待券があるからだ。 今日の日を逃したら、今月はもうないかもしれないからだ。
夫は、「具合も悪いクセに、無理やり行かなくてもいいじゃないか。」 と言う。しまいに口論にまで発展しそうになる。 こっちも息苦しいのに、声をあらげて喧嘩などしていられない。 口論になりそうになるとだまり、またしばらくしてお伺いを立てる。 そのうち、夫がおれる。
午後3時息子から電話がある。学校から直接囲碁教室に行ったらしい。 15分後、娘から電話がある。学校から直接実家に行ったらしい。
「病院行ってくる。遅くなるようだったら帰ってくる。」
引っ越してから、子供達は既に転院していたが、私は今日は初日となった。
「寝る前にテオドール200mgだけじゃ半日ももたないよ。これじゃあ日中苦しいでしょ。」 「はい。」 「ちゃんと予防もしなきゃ。」 「はい。」 「スプレーも使おう。」 「使っていても効かなくて。」 「それはひどいから効かないんだよ。」
そう、ひどくなっちゃうと、スプレーしても1分後にはまたゼイゼイしてしまう。 10分間吸入する。 薬は、スプレーのメプチンエアー、テオドール200mg、フロモックス100mg、ムコダイン500mgとなった。
映画は、名探偵コナンを観に行った。いつもながら面白かったです。
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