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- [2005年11月28日(月)] 天井裏より愛を込めて 第十話
俺、国寺真。
救いはきっとあるらしい。そう信じたい、今日この頃です。
天井裏より愛を込めて
第十話「だ〜か〜ら〜! 俺はロリコンはねぇって!!」
吹き飛ばされた俺が意識を取り戻したのは、しばらく経ってからだった。
周りを見回すと、車椅子に乗った患者。それを押す看護士。病院服を着て歩く男女。白衣を着た男性。
どうやらまた病院に来たらしい。って俺はこんなところまで飛ばされてきたのかよ。
ぼんやりと突っ立って眺めるのもなんなので、病院内を散策してみることにした。
……5分で飽きた。
ていうか、病院なんてどこも同じようなものだと今更ながらに気がついた。
しょうがないので外に出て日光浴でもしてみることにする。先ほど気が付いたのだが、この病院の庭には木々が生い茂っており、芝生もいい感じに敷き詰められている。つまりは、だ。
「昼寝にはもってこいってことだ」
まぁ、幽霊になって睡眠を必要としない存在になってしまったが、こうもいい天気だと午睡したくなるのが人情ってものだろう。
そんな感じで庭へと出て、適当な昼寝スポットを探していると、一人の車椅子に乗った幼女少女が必死に車輪を動かして移動しようとしている姿が目に入る。
付き添いの人はいないらしい。周りを見ても、誰も関心を払ってはいない。談笑しているすぐ傍にいる人間でさえも、だ。
「ったく、手伝ってやれよ」
俺は少女に近づきながら周囲の人間を睨みつける。
少女の前まで来て、はたと思い至る。
「って俺が来ても意味ないじゃん」
触ることもできない人間(幽霊)が出来ることなぞありはしない。
助けたいのに助けられない。歯痒さが胸を支配する。こいつ等とは違うと思いたいが、結局は助けられないのか……。
「おじちゃん、どうかしたの?」
がっくりと肩を落とす俺の耳に、少女の声が聞こえてくる。
誰か手伝う人間が現れたのかと思い、周囲を見回す。が、やっぱり誰もこちらを見ていない。
「きょろきょろしてどうしたの? おじちゃん」
再び少女の声。
恐る恐る少女のほうを見ると、彼女はじっと俺の顔を見詰めていた。
……あれ? 俺、見られてる?
「きょどーふしんしゃ」
指を差されてにっこりと笑われた。
「少女よ、いいか?」
駄目元で声を掛けてみる。
「なぁに?」
どうやら声も聞こえるらしい。
「俺はお兄さんだ。まだそんなに歳はいってない」
とりあえずそこだけは訂正しておかねばなるまい。絶対にだ。
中庭にある林の中を二人で歩きながら――とはいっても、少女は車椅子だが――、少女が嬉しそうに話し掛けてくる。
きっと見舞いに来てくれる人もおらず寂しかったのだろうな、と勝手にお話を頭の中で組み立ててみる。うむ、健気だ。
少女の声に混じって、きこきこと車椅子の車輪が立てる音が聞こえてくる。そういえば、足を怪我しているのだろうか?
気になりはしたが、聞かないのが大人ってもんだ。
「ねぇおじちゃん! ちゃんと聞いてるの?」
「ああもちろん。それよりも、だ」
「なぁに? お兄ちゃん」
「うむ、それでいい」
なんてことを話しながら歩き続けると、視界に大きな池が飛び込んできた。
「へぇ、でっかい池だな」
「すごいでしょ? 私のお気に入りなんだっ!」
少女は弾む声で俺を見上げる。
……なんというか、あれだ。俺にロの頭文字の属性はないというのに、傾いてしまいそうだ。
あれか? これは光源氏計画を発動せよとの神の思し召しなのかっ!?
「パラダイス銀河? 諸星ダン?」
「少女よ、色々と突っ込みたい場所はあるのだが、ひとまず。
おそらく、君はまだ生まれてないときの歌手のことをなぜ知っている?」
「え〜、普通だよ?」
俺でもギリギリだというのに……。最近の子供は、すごいな?
「それでおじ……お兄ちゃん? 光GENJIがどうかしたの?」
「あーいや。婚約者がいたのに養子の娘にも手を出した鬼畜野郎のことはどうでもいいんだ。うん、忘れてくれ」
「ん? わかった」
「うむ、それがお互いのためだ」
それっきり少女は黙ってしまって、ただ二人して池を眺めていた。
体があれば、池に向かって石を投げてるところだ。
「おじちゃん、私、私ね……」
今までとは打って変わって悲壮感すら漂わせた少女の声に、俺は発言を訂正させることすら忘れた。
「私ね、死んじゃうんだ……」
瞳に大粒の涙を溢れさせる少女。その姿を見て、言葉を失くす俺。
「もう、身体も動かないし、話すことだって、できないんだ……」
「ちょ、ちょっと待て。じゃあ、今車椅子を動かしたり、俺と話している君はなんだ?」
少女の口ぶりだと、まるで植物人間になっているかのような言い草だ。
俺の問いに、少女は黙って俺たちが来た道のほうを指差した。
その方向にあるのは、おそらく病院だ。
「私の身体、病院の中にあるの。暗い病室の中で、マスクつけてないとすぐに死んじゃうの……」
では、この目の前の少女は、俺と同じ魂だけの存在だと、そういうことなのか?
「そろそろ行かなきゃ。最後にお話、聞いてくれてありがとう。話したらすっきりしちゃった」
ぺこりと下げた頭を上げたとき、少女の顔に涙はなかった。さっきまで嬉しそうに俺に話し掛けていたときと同じ笑顔。それが、俺の胸を打つ。
「お兄ちゃんも早く来ないと駄目だよ?」
そう言い残すと何かを言う間も無く、少女は光と弾けた。後には光の残滓がわずかに残り、それも風に流されて消えてゆく。
それを掴もうとするが、俺の指先が触れると同時に淡く消えた。
残されたのは、未だに成仏もできない哀れな野郎が一人きり。
「早く来ないと駄目だよ、か……」
気が付けば暮れてゆく空を見上げながら、ただぼんやりと呟いた。
次回予告。
俺が幽霊になって、そろそろ一週間が経つ。
なんか生きてたときよりも、めりっさハードだったのは何故だろうかと悩むが、まぁ退屈はしなかったのでよしとする。人間、前向きが大事だ。
でもやっぱり、祭りには終わりがあるわけで。いや、終わらないと次の祭りがはじまらない。
だからそろそろ、俺の祭りは終わりにしようと思う。
天井裏より愛を込めて
最終話「成仏するって本当ですか?」
また、来世でお会いしましょう。