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- [2005年11月14日(月)] 天井裏より愛を込めて 第一話
俺、国寺 誠(くにでら まこと)。
現在、幽霊やってます。
天井裏より愛を込めて
第一話「『帰ってきたヨッパライ』でよろしく」
事の顛末は忘れもしない、六月の某日。日本列島は梅雨前線の真っ只中で、その日も例に漏れず土砂降りの様相を呈していた。
三日以上もお天道様を拝んでおらず、会社では凡ミス連発で上司からは小突かれまくれ、財布の中身は友人連中がもはや流行りでもなんでもなくなった『できちゃった結婚』のラッシュで大寒波。
あれですか? 大殺界に天中殺? いや、六星占術も算命学も詳しくないけど。
厄日以外の何物でもないこんな日はなけなしの小銭を叩いてAVでも借りて見て心を癒そう、と深く考えれば考えるほど自分が最下層の住民であると意識せざるを得ず、涙が零れそうになった。
いや、いやいやいや、いやいやいやいや。昔の偉い人が言ったじゃないか、『上見て暮らすな、下見て暮らせ』と。
まさにこの時の俺のためだけに存在する格言だ。世間には定職にもつかず、親の脛齧ってるニートだの引き篭もりだのいるじゃないか。俺はまだ真ん中辺りに留まってる。留まってると信じさせてくれ。
と、そんなことを考えながら借り立てのビデオを抱きかかえてホクホク顔で家路に付く俺。ハタから見れば、すっげぇ嫌な光景だったろう。無論、そのときの俺は周囲の目なんて毛ほども気にしちゃいなかった。
―― そして、すぐそこに運命の分岐点があることなんて、これっぽっちも気が付いちゃいなかった。
最初に聞こえたのは悲鳴だった。まさに絹を裂くような。
「アリサちゃん!!」
次に聞こえたのが、そんな名前。そしてクラクション。車道から犬の鳴き声。ブレーキのスキール音。
気が付いたら、俺は車道に飛び出していた。
何が俺を突き動かしたのかは、未だに分からない。別に干支は亥年だし、犬公方たる綱吉の生まれ変わりでもない。どちらかというと猫より犬派ではあるが、飼っても居ない。
たぶん、ヒーローになりたかったんだと思う。
ひき殺されそうな犬を助けて無事生還。街道は拍手喝さい雨あられ。飼い主からは謝礼をもらったり、テレビ新聞雑誌は俺をこぞって取材に来て「当然のことをしたまでですよ」と一躍時の人。そのまま銀幕デビュー!!
とか考えなかったわけでもない。……多分。
いや、あの時は何も考えてなかった。ただ、この先の知れた未来をなんとかしたくて、目の前の哀れな子羊、ならぬ子犬を助けることによって、何かが変わるんじゃないか。現状から抜け出せるんじゃないか。そんな考えが頭をよぎった、んだと思う。やっぱり、あのときの俺が何を考えていたのかは思い出せない。
ただ、いろんな意味でまともじゃなかったんだと思う。
車道に出た俺は子犬を抱きかかえて、意外に重たいことに驚き、冷たすぎる体温に悪寒が走り、硬質な表皮に唖然とし、その子犬を目視して絶望した。
「ってアイ○かよっ!?」
雨の日に散歩さすなっ!! と力いっぱい叫ぼうとした俺だが、真正面から体当たりしてきた車によって意識を刈り取られた。むしろ即死だ。だって直後の事故現場を俺は真上から見たのだから。
遺体は意外なほど現状を留めていた。あの衝撃ならもっと、なんというか食事中にはお見せできないほどになっているかと思ったんだが。血も大量に垂れ流されているっぽいけど、雨によって排水溝にじゃんじゃんと吸い込まれている。
なによりも悲惨なのはあれだ。
路上に散らばるAV。
もう目も当てられない。唯一の救いはレンタルビデオなために(うちにはDVDプレイヤーなどという高等機械は存在しない)パッケージがぱっと見では分からないことだろうが、それでも惨め過ぎる。なんというか、学生時代、友人にエロ本を借りた帰り、「死んだらお前の名前をダイングメッセージとして刻んでやる」とか言っていたことを思い出した。今なら分かる、そんな暇などない、と。
一瞬だ。ほんの一瞬で命など失うものなのだ。
いや、俺の場合は当たり所がよすぎたのかもしれない。
……ちなみにアイ○は俺の腕から抜け出して車道を歩いているところを後続車に跳ね飛ばされた。あっちも即死だと思う。俺の魂を返しやがれ、ちくしょう。
とまぁ、これが俺の幽霊になった、というか死んだ経緯である。
次回予告
通過儀礼みたいに病院に運ばれる自分の死体を見ながら、俺は思った。
「幽霊になっちまったなぁ。……ってことはあれかっ!?
更衣室やら女湯やら覗き放題ってことですかっ!!」
はい自分、ダメ人間です。
天井裏より愛を込めて
第二話「『Knockin' on heaven's door』ってどこよ?」
タイトルを『窓の外から愛を込めて』から『天井裏より愛を込めて』に変更