Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2013年11月17日(日) |
小樽の子持ちハタハタの煮付け |
JT用に蛇油2とジャレットのノーエンドを入稿して、夜勤へゴー。
あっこばちゃん差し入れの米八のおこわのお弁当から始まって、白子入りなべ、レバニラ定食、フライドチキン、ほっけの塩焼き、わかめとキュウリの酢のもの、いよだのきぬた餅、写真は厚田のアオゾイ、羅臼のひらめ、小樽の子持ちハタハタの煮付け(なつかしー)、いずれも朝獲れで。食べてばかりいた気もする。
おれは母親から「アンタはおねしょの薬を飲み過ぎて、今晩が山だ、覚悟してくださいと医者に言われたことあるんだ、アタシャ覚悟したさ。その後、八卦見が、ああこの子生きてる、なら90過ぎまで生きると言っていた」と聞かされたことは1度や2度じゃない。父親にこのことを初めて事実確認すると、わからん、と、言う。え?知らんの?何故母親はそのような作り話を?
サハリンで、母方の祖母が長男の足の病気を相談しに、祈り屋さんに頼むと、うっと声を上げて、そのあと男の子が出てきて、「ぼく、男の子だよ!、ここにいたら大変なことになるよ」と告げたという。流産した児だった。祖母の強引なサハリンからの引揚げが、結果一族を救っている。初耳だぜ、おばさん。
病室に一晩泊まったんだが、小さなソファで。硬いソバガラの枕を持ち込んだ。深夜に二度抜け出してセイコーマートのカフェオレのみながら一服してた。朝方、信号の向こうでいつもの外套姿のおふくろが手を振っているのを見る。早く楽にして連れてけよ、と不謹慎極まりない語りかけ。
親孝行しなくてごめん、今まで助けてくれてありがと、おれもう大丈夫だから、がんばれよ、また来るから、もし死んでしまったらおれの肩にしばらく寄ってけよ、と、手を握った。返事が無い・・・父親の眉間に皺が寄って怒っている、あ!やばい!このひとは観念論ではなくて唯物史観のひとだった。妹が何言ってる兄ちゃんと睨んでいる、ごめんごめん、今のなし、また、来るね!
空手チョップを上げるサヨナラの仕草は、手のひらしか動かせなかった。
医者の話では、年を越すのは難しい、11月中もあり得る、との見解。
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