Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2008年04月11日(金) |
中野振一郎のチェンバロを聴きに東京文化会館 |
中野振一郎のチェンバロを聴きに東京文化会館へ。 東京文化会館、だいすきー!文化を大切にするご霊体もたくさんただよっておられるし。
CDで聴いたゴルトベルクにファナティックな危険なものを感じた記憶があった、 と、こないだどこかで書いた記憶がある、中野振一郎を初めてライブで接する ・・・
1991年にはフランスの「ヴェルサイユ古楽フェスティヴァル」で「世界の9人のチェンバリスト」の一人に選ばれたという、中野振一郎。 こ、これはすごい。 2008年には世界ランキングの何位ぐらいなのだろうか。
中野の演奏の、振幅もしくはデフォルメ、またはコブシ、ノリノリの解釈、が、 速度の維持に吊り下げられるようにして存在している、ところが、すごいのだ、 と、わたしは聴いた。
じつに、後半の「イタリア組曲」の第3楽章、に、その”速度の維持”があるのであり、 それがなければ、・・・(表現を思考中)
で、これは歴史における21世紀に生きる中野、であり、バッハではない。 バッハに迫るオノレのコブシを芸にしているのであり、 BACHと綴られる大きな書体は、パーツがすべて中野の顔で出来ていて声を上げてスイングしているようなのだ。
それのどこが悪いというのだろう?
すぐれた技巧が自動演奏しているかのような高みはジャズピアノの小曽根真を連想する。
わたしは決定的に違うものを聴きに来ていたのだろうか。
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