Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2005年09月12日(月) |
担任の但田元(ただはじめ)せんせい |
『女王の教室』最終回スペシャル90分をリアルタイムで観るためだけに、犠牲になったわが職場のみなさま、当然です、上司はわたしです。 ドラマ的にいろいろ批評はあるんだろうが、作ってみ、おまい。
はっはっは。わたしは思う存分、4度も泣いてしまったぞ。生徒になりきってしまって、泣けるこの気持ち。すっきりしたー。 ラストシーン真矢せんせの笑顔。くー、たまんねー。
内田樹せんせいが看破した、国民は小泉首相の“弱者は醜いという哲学”を支持したのだ、というメンタリティに合致してるんだろ、これって。
おれ、小学校んとき、性悪ないじめっこでした。教室はわたしの天下でした。はい。 担任の但田元(ただはじめ)せんせいから何度殴られていたことか。「おまえの“ただ”にくらべて、おれの“ただ”のほうが稀少で高級なんだぞ!わかってんのか、このクソガキ!」、ボコッ!ガシッ!ドゴッ!。
小柄で色黒な転校生・福地くんが教室に入ってきたのを見て「なんだアレは!人間じゃねえぞ、サルじゃねえか!ここは5年の教室だぞ!どう見ても1年だろ、出て行けよー!」とクラス全体をはやし立てて教壇の上でフリーズしたままの転校生を指差していじめたわたしに、但田せんせいはその日の午後の授業をぜんぶつぶしてわたしを黒板の前に立たせ、罵倒・糾弾・追及・どつき続けたものです。肉厚な、頑丈な握りこぶしでした。
翌日のスキー遠足という遠足とスキーを合体させた学校行事を但田せんせいは休みました。「けっ、やってらんねー」とふてくされて参加していたわたしでしたが、スキー遠足の帰り道、但田せんせいは家族連れでスキーに来ていたらしく、学校行事に参加しない担任ってすげーなあと今さらながら思いますが、マイカーでクラスの列に併走してぼくにも「よお!」と声をかけたパパすがたの但田せんせい、きれいなおくさんと小さな女の子がふたり乗っていた赤い乗用車、そのハンドルを握る手もまた、肉厚で頑丈な握りこぶしなのでした。
わたしは何かを理解しました。
決して安易には笑わない但田せんせいでしたが、時おり見せた笑顔は真矢せんせのようだったことを思い出しました。
じつはそのときの同級生のますみちゃんが福田麻由子に似てたのだー。くー、たまんねー。 高校3年生になって再会したますみちゃんとらぶらぶになってしまってますみちゃんを追いけかて東京の大学にやってきてしまったわたしの青春の門に匹敵する大河ドラマは、また別の物語りなのである。
げ。あんにゃろ、函館市立潮見中学校長になってやがる。■ 「おれはこんな小学校なんかに来たくて来たんじゃねー!中学で教えてーんだよっ!わかってんのか、このクソガキ!」、」ボコッ!ガシッ!ドゴッ!、だったことをばらすぞ。
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