Niseko-Rossy Pi-Pikoe Review
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2004年03月03日(水) |
「DIWレーベル総帥の沼田順さん、退社」・「金大煥(キム・デハン)逝去」 |
くそー、風邪だ風邪だー。3年ぶりに発熱で仕事をキャンセルした。どろんどろんになって眠っていたが、現在回復基調。わたしの持論では、風邪は定期的にひくべし、ときに泥酔してからだを酷使すべし、ときに“接して漏らさず”6時間セッションでからだを酷使すべし、というのがあるので、たまにはいい。今日の日記は、ふたつのニュースを。
▼「DIWレーベル総帥の沼田順さん、退社」
ディスク・ユニオンのDIWレーベルで、ヘンリー・スレッギルをはじめとするPI RECORDINGSの国内盤化、大友良英ニュージャズクインテットや、北欧のピアノトリオ・ヘルゲ・リエン・トリオの制作などで辣腕を振るってきた沼田順さんが退社した、というニュースが飛び込んできた。
彼の手がけたCDの売り上げは決して悪くはなく、むしろ聴衆を開拓していた側面が大きかったものだから、余計にびっくりである。 ジャズ・即興・前衛・アヴァンギャルド・オルタナティヴ界隈のリスナーにとってはとっても痛いと思う。 「なにも、辞めることないじゃん」という状況だし。
『幻野 幻の野は現出したか〜’71日本幻野祭 三里塚で祭れ』(■)のブックレットでの沼田さんの仕事を読んでいた矢先だった。
どうしてですかー?これからどうするんですかー?、とは、わたしも尋ねなかったものの、 氏は、DIWの仕事を邁進している時期に「いまミュージシャンの著作権や印税のことを勉強しているんだけどさ、いかにミュージシャンが不利な状態にあるか、ただくん知ったらびっくりするよ」とおっしゃっていたし、 昨年の四谷いーぐるでの講演『ジャズ破壊史観』では、「このところ売れるジャズのCDのトップテンのうち7割以上がピアノトリオなんですね。それに対しての個人的な欲求不満でこういう選曲をしましたー」というアナウンスがあって、大友良英ニュージャズクインテットからオーネットコールマン、ポップグループ、ノイバウテン、アートサンサンブルオブシカゴといった選曲で聴衆の度肝を抜いていたこともあるし、 あと、『日本フリージャズ史』を執筆した副島輝人さんとイベント(■)を行っていたこともあるし、 次に何をするのか、は、とても期待できると思っております。
氏はギターも奏でるというから、大友良英さんが多忙のために抜けたデート・コース・ペンタゴン・ロイヤル・ガーデンに参加という可能性もある。
▼「金大煥(キム・デハン)逝去」 3月1日に、肺結核のため、急逝。
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金大煥のプロフィール キム・デハン(ドラム、パーカッション) 現在ではフリージャズのフィールドで活躍している金大煥は姜泰煥(カン・テファン;アルト・サックス)トリオで広く紹介された(近藤等則が企画したTokyo Meetingで来日)。その後、単独の来日も含め、幾度も日本を訪れている。殊に両手に3本ずつ計6本のマレットを用いて多彩なリズムを生み出す奏法は有名。 生まれは1933年11月25日、ソウル近郊の港町仁川(インチョン)。兵役時代に軍のブラス・バンドでドラムを始め、60年代中頃、ヴェンチャーズやビートルズを手本にしたエレキギター・コンボ“ADD4(アド・フォー)”に参加。このバンドは大韓民国初のグループ・サウンズだった。60年代末にADD4は解散し、その後、アイドルスやキム・トリオといったバンドを結成して活動を続けた。キム・トリオには日本で演歌歌手として有名な趙容弼(チョウ・ヨンピル)なども在籍していた。70年代には大韓民国GS協会の初代会長になるなど各方面からの信頼も厚い。 また、般若心経283文字を米粒ひとつぶに刻む(ギネス・ブックに掲載されている)微刻(びっこく)という書の大家でもあるが、その技術は大統領からも注文が来るほどである。
■musicircus
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