Land of Riches


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 2016年01月16日(土)   Momochihama,Sawara,Fukuoka 

※この日の分は1/25〜に書いています。
 間違えて2015年の日付入力したら、親知らず抜いて痛いと呻いてる文が…。


赤ブーの黒田プチが発表になったのが確か7月(もうサイト消されてるから確認不能)、
私が会場であるドームへの距離を勘案して普段より10kくらい高いシーホーク泊の
ツアーを予約したのが8月、黒田プチに悪戦苦闘の末サークルカットを出したのが9月。
ずっと待ち遠しかった、そして早々と予約をした自分を恨んだ、だけど取り消して
もう一度取り直そうとも思わなかった…そんな福岡1泊2日でした。

刀剣乱舞が始まった頃はそんなに人気キャラでもなかった長谷部。
(それでも、本体が展示していると話題にはなって、駆け込みで訪れた人数だけで
福岡市博物館が異変を察知するぐらいではあったのですが)
国宝は1年に60日以内しか展示できず、圧切は福岡市博物館が開館して25年、
その華やかな皆焼刃が新年にふさわしいとの判断から1月だけ展示されてきました。
例外は、大河ドラマの巡回展で2014年夏に展示されたくらい。
(拵えはこの時ぐらいしか出されたことがなかったそうな)

1月5日から始まった展示は、待ち焦がれた長谷部クラスタが海外からも来襲し、
報道では最前列で見るには4時間待ちという数字も出てきて、出発前、非常に焦らされました。
1泊2日とはいえ、2日目は即売会でほぼ潰れてしまい、1日目は正午少し前着の便なので、
自由に動けるのはわずか半日。もう何度昨年の自分を呪ったか。

当初は空港⇒崇福寺(黒田家菩提寺。如水や長政の墓がある)⇒光雲神社⇒博物館の
コースを予定して、バスも調べてみっちりほぼ日手帳に書き込んだんですけど、
博物館に割いた時間が2時間ほどでは足りない気がして……最悪の場合は
1月の最終週に宮崎でのニューイヤーカップのついでに(ついで?!)
福岡へ寄るという覚悟まで固めて、もう一度行程を練り直しました。

結果、博多駅から博物館に直行、光雲神社はイベント後に変更、その他は
次の福岡訪問まで延期というビジネスマンのような味気ないスケジュールになりました。

飛行機は向かい風にもかかわらず10分早く到着してくれ、バスも都市高速を順調に流れ、
(福岡の路線バスは平然と高速を使う。使わないと市街地の渋滞で時間ロス。
 分かっているのに5月も今回も高速使わない路線を選んでしまうミスも…)
ちょうど裏から入ることになり、やや時間を食ったものの、空港から1時間ちょっとで
博物館の最前列観覧待機列にたどり着いたのでした。建物を半周するほどの長蛇の列です。

95%以上の審神者は本やゲーム機を持参しておとなしく待っているのですが、
建物の構造上、やたら声が響くため、ちょっと騒いでる人がかなり目立つことに。
いろいろと悪いうわさが流れてきてしまうのも仕方ないかな…と思いました。
そして待ち時間潰し用に買った『群雲 関ヶ原へ』が分厚いくせにちっとも面白くなく、
1/25になってもまだ読み終わらない。長政が最初に出てきたの下巻のp120過ぎだった…。


噂の交流ノートは紫ペンの使用率が高すぎで、かなり遠くの地名も書かれてました。
(賛否両論の刀剣男士・長谷部のイラストもちらほら)
夢想連歌が展示してある企画展示室1の入口を遮る形で列は続き、
(これは翌日には途中で切るように改善されていた)
ようやくたどり着いた企画展示室2・黒田記念室。

日本号は5月にも見たけど、写真を撮るのは初めて。
長すぎて入らないんですけどね。
螺鈿細工が傷み始めてて、どこにも移せないという噂の日本号。
今なら募金箱をおけばあっという間…とも思わなくないのですが。

そして、ブームを鑑みて拵えを出して下さった長谷部。
刀身は金属なので、マナー違反のフラッシュでも、そこまで傷まないと思われますが、
束は光を浴びるたびに確実に傷むもの。英断を設定ミスで揺るがすシーン出てくるの悲しいです。

いろいろと刀を見てきましたが、皆焼がここまで全体なのは初めてだったかも。
刀剣博物館で見た長谷部国重作は直刃でしたし。
少ししゃがむと、斑点が刀身中に散らばっているのが見えました。
いかにも切り詰めましたという不可思議なフォルム。
1970年代に黒田家より預かって以来、一度も研がれていないため、やや黒く映る刀身。
(研ぎに出す場合は慎重を期すように、取り巻く人々からの助言があったことが
 博物館で売っている刀剣図録の巻頭に登場します)

皆焼の最高傑作なのは間違いないですけど、皆焼があまり残ってないのは
実戦で使われて散っていったからなのでしょうか…?

そして金を細かく打ち出して鮫皮のように仕立てた拵え。
MMDでよく鞘で相手の攻撃を受けているシーンありますけど、
本物はそんな使い方したらすぐに折れてしまうだろう非戦闘仕様です。
蘭癖で知られる10代藩主が200年前の再現を命じて作らせたと思われるもの。
(本歌である安宅切は如水存命時に作られたと推測される)
純金のハバキと言い、圧切は非実用の家宝として現在に至っているのが嫌でも分かります。

いろんな角度から撮りたくなるのは分かりますが、モデルか!と思うぐらい
あれこれと一眼レフで撮っている人にはちょっと苦笑いでした。
あとAFの赤外線(?)は問題ないのか…紫外線じゃなければいいのか?

企画展示室1は新年をテーマにしてて、夢想連歌も撮影可でした。ビックリ。
嬉しくてバシャバシャ撮ってきました。如水一家の団欒のあかしですから。
新収蔵品点は、普段、特別展(大関ヶ原展みたいな)をやる場所だけあって広大で、
これを通常の入場料で解放してるんだから太っ腹にも程があります。
ちゃんと如水や長政の自筆書状もあるんですから。

常設もささっと見て、中央市民プールから光雲神社に向けて西公園を登山。
想像以上に過酷な山登りでした。そして頂上まで行って少し降りる(泣)

※ここから1/30up

やっとたどり着いた小さな神社で待ち受けていたのは、30円で出てくる
おみくじマシーンの調子が悪くて20円の段階で出てきたことにガチ切れして
社務所の老夫婦?に殴り込みをかけてきた糸島生ガキバスツアーのおばさんでした。
それなりの長さ生きてますが、社務所に文句つける人は初めて見ました…罰当たりが。

建勲神社の御朱印帳に御朱印を求める審神者がいたり、盛況の割に
最初はおじいさんが一人で裁こうとしていたのも問題がなくはないのですが、
それにしても…どうしても絵馬を納めたかった(吊り下げが本流ではなく、
本殿奉納が正しいと言われ、当初のプランと違った…と思いましたけど、
結果的には正解だったかと)のもあって、無理やり来た場所だったんですが、
嫌な記憶を作ってしまいました。今度ぜひ上書きしたいです。できれば桜の時期に。

風情あるスタバのある大濠公園から長谷部の旧居である美術館を経て、
福岡城三の丸スクエアにgoogle先生の助けも借りてたどり着いた時には17時半でした。
如水庵は16時閉店で問題外でした…しくしく。福岡城の石垣を遠目で眺めながら、
なかなか来ないバスを待ち、天神についた頃には冷え切っていて、
明日イベントで知らない人と会うから自重しようと思っていたもつ鍋行っちゃいました。
パルコの地下のおおやま。一人用のセットがあって助かりました。

間違えずに都市高速経由のバスで戻ったシーホークには、併設のコンビニ含め
日本人がキャスト以外おらず、東アジアに旅行へ来た気分に陥りました。
部屋からは福岡タワーが見え、この街から離れられない因縁を思いながら休みました。


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