Land of Riches
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2004年03月31日(水) |
全ては分かりきっていること |
えっと、昨日は雨の鹿嶋へ行ってきました。洗濯物も干したまま、のみならず 夜に申し込みをして参加権を取ると前夜宣言していたにもかかわらず、忘れて。 ひどい奴です。ごめんなさいMさん。本当に自分は壊れかけてると思ったんです。
面接の後、加藤諦三先生の『心の休ませ方』を買って、読破してしまいました。 一冊を一日で読むなんて、いつ以来だか…内容は、うすうす自分では理解していた、 けれど認めてはいなかったことです。このLRが本質を履き違えていること。
精神科医は、思ったことを溜め込まないために日記を書けと言いました。 でも、今のLRは自分に蓄積されそうなマイナス感情の発散のためではなく、 人(それも不特定多数)に聞いてもらって同情してもらいたい、あるいは 感謝されたいという甘えの結晶です。私は甘えたいのです。今の苦しい生活を (面接を家が遠いという理由で落とされるんだからね…)選んだのは私なのに。
レイソルを通してしか接点のない、レイソルロードの景色しか知らない、 近くに誰一人知り合いもなく、生活の基盤は既存のものを全て放棄して、 生きること、日々過ごすことがより苦しみである住まいを自ら望んで手に入れたのは 他でもない私なのです。そもそも、私は今の暮らしをぼやきはすれども 引っ越しを後悔したことはありません。こっちにいなければ見れないものばかりです。 たとえばレイソル番組。たとえば五輪予選の生観戦。その恩恵をこうむり、 代償としての苦悩があると、引っ越しを決断する前に既に分かっていたはず。
それなのに…苦しいとわめき、誰かが手を差し伸べてくれるのを待っているのです。
サイトだってそう、Mediaで起こすのは、自分が管理しやすいように情報を 編集する目的もあるけど、間違いなく誰か(以前の自分と同じような心境にある人)が 感謝するのを待っているのです。なんて醜い。だから、頼まれると起こしてしまう。
練習へ行っても、自分が見たい対象だけ見ればいいのに、たとえば友達の 好きな選手を見ていたりするのです。決して、その選手に対する純粋な興味が 強まったからではなく、情報を提供することによってありがたられたくて。
本で言われているのは、溜め込んではいけないマイナスの感情というのは、 たとえば「○×選手にいっつもくっついてる女うぜえ!」とか「あたし以外の奴が △□について語るのはムカツク!」とかなんですよ、大元をたどると(苦笑)
でも、LRは秘密日記ではなくてネット上で公開しているコンテンツですから、 「うざい!」だの「殺す!」だのいう言葉が、どんな脈略で出てくるにしろ、 もう言葉自体が不愉快な表現なのは自分でも分かるので、使わないのです。
誰かのため、誰かにその配慮を褒めてもらうため。
褒めてもらうと嬉しいのは人間の本性ですが、その欲求がいつまでたっても 強い人は、子供の頃にそれをしてもらってない人間です。私はしてもらってません。 自由に、放っておかれたから。ままごとも独り、絵本を読むのも独り、 テレビを見るのも独り。小学校へ入る頃には、自分の部屋を持ってました。 ご飯を食べ終わると(私は家族の自己主張タイムが嫌いだったから食事が嫌いで 団らんの記憶があまりないんです)部屋にこもる生活。それは今に至るまで 基本的なライフパターンとなってます。だから、構ってほしいと内心願いつつ マイペースにしか生きてこられなかったんです。合わせる必要なかったから。
幼少期の記憶がいかに人を縛るか実感したのは…これは他人のことだから 本当は書かない方がいいのかな。でもいいや。私の大好きだった人が優しかった理由。 私が今まで生きてきた中で唯一甘え倒した人。その人が優しかったのは、 優しいからじゃなくて、両親が離婚して、女手一つで育てられたから、 自分は理想の男(お母さんを悲しませないような人間)になるんだと強く誓って おのれを律してきたから。お母さんへ誇れる自分になりたかったからなんです。 だから、普通とは意味が違うけど、マザコンではあるんです、これも。
どうしてマイナスへ傾いていくのかのメカニズムが書かれた本でした。 本も…読む人によって感想が違うのは当たり前なんですけど、実際のところは それを受け入れられない自分がいます。たとえば、ベストセラーを鼻で笑ったり。
>あなたの鬱積した感情に響いてくる何かが、音楽や文学にはあるに違いない。 >その音楽にいつまでも耳を傾けることである。その時に、一般的に優れたものと >定評のある文学や音楽を選んではならない。自分の心に響いてくるものが >あるかないかが選ぶ基準である。外国文学であろうが日本文学であろうが >古典であろうが大衆文学であろうがなんでもいい。(前掲書より抜粋)
「世界の中心で…」がつまらない人もいればなくほど感動する人もいる、当たり前。 私はぱらぱらとめくって、読み応えはないけど絶対に泣くだろうな、と思いました。 大切な人を死で失うというテーマは、今の私には重過ぎる―FF9ではあわや 発狂というレベルにまでナイーブになってしまう今の私には。だから読めない。
自分中心、自分を守るために、自分のしたいことをする。他人に左右されない 絶対的な価値観、絶対的な居場所、絶対的な未来予想図を作る。それが必要。
でも、疲れた私には何かを考えられるはずもなく、ただ神田界隈を徘徊しながら 壊れそうな心と体をどこかへ連れて行こうとして…シンガポールは気になれど 行けるはずもないから、小平の予定を調べ、行く気になれない自分を知った上で 鹿島の日程を調べて、行くことにしたのです―結果、全く報われなかったのですが。
----------------------------------------- Kさんに勧められてNHK「試してガッテン!」の鬱病特集を見ました。やはり 私は鬱病ですね。記憶力の低下とか風呂に入るか何時間も悩む(ちなみに 私はその間ガスのスイッチを入れっぱなしにするので、光熱費の中でガス代だけが ぶっちぎりで高い。電気もテレビをつけたままでないと眠れなかったりするので 結構いっちゃってるんですけど)とか。しかし、治療法が結局投薬なのが面倒です。 これだから治らないとも言いますが(苦笑)だからSさんが羽田さんにあんなことを 書いてもらっちゃったりしてたんですよ、当時から。何も変わってないんだなあ…。
もう一人の自分がいた時期はあります。中学の頃…いじめられていたから。 自分を客観視するための別人じゃなくて、虐待を受けた子供なんかがよく作る、 虐げられているのは別の私で本当の私じゃないんだ、という逃避のための 自衛策として。だから、当時のもう一人の私は異常にプライドが高く、口も悪くて 他人に攻撃的だった…あくまで私の中にいる別人格だから、肉体を持たないので 行動には至らなかったのですが。でも、彼女がいたお陰で、本当の自分(当時は 第3の自分と呼んでいた)は繊細で脆く傷つきやすいのに気づきました。 親は私をいつもがさつでいい加減と呼んでいたのに…私が本当は典型的な A型人間であると気づいた人は、今まで生きてきた中で一人しかいません。
もう一人の私は小松姓を名乗ってました、当時の憧れから借用して。
今もネット上でのロールプレイは大好きですけど、それは自分自身を 見つめ直すことには全く貢献してないので(苦笑)ストレス発散には なるかもしれないですが。普段も男言葉で話した方が楽かもしれません(笑)
治りはしてないわけですが、一度は投薬療法もしたお陰で、知識はあります。 休めばいいというのも知っている…だから、都内で途方に暮れていた昨日、 思い立って鹿嶋へ行ってしまうなんて行動も取ってしまうのです。代償として 自分の中で日曜の鹿嶋行きを取りやめて(苦笑)かなわなかったですけど、 ああ、今、一番したいことは羽田さんを見る(本当の本当はシンガポールへ 行くことなのも書かないとダメですね)ことなんだなって。自分へ素直に。
今は生活が八方塞がりで、心の中のコルクボードにやらなきゃいけないことが あれもこれもと貼り付けられていて、どれから手をつけていいのか分からなくて どれも中途半端になってしまっている状態ですが、どうせ自分は一度に 一つのことしかできないんだから、開き直って一個ずつ潰していくだけです。 …人の目なんか気にしないで。
鹿嶋のことは、これから昨日付に追記します。え、シンガポール戦? 何それ?
----------------------------------------- 今日はユニ着用なし、音声なしでまったり見ます。煮詰まった時は、誕生日に 何をあげるか考えるのです。いや、誕生日にあげるものなんてアレしかないですが。 誕生日はその人がこの世に存在することを祝う、人間にとって最も重要な日だと 私は思ってます。その割には覚えるのが苦手で友達から顰蹙を買うのですが。
大学駅伝:早大新監督に渡辺康幸氏が就任へ 早稲田はうまくいってる種目と違うのが極端だなあ(苦笑)しかし、こんな 若くしてここまでのぼりつめるとは想像もつきませんでした。キャリアを見て、 アトランタにKDDあたりの企画で応援FAX送ったけど、実際のレースは…だったな、とか 余計なことを思い出しました。その時、YAWARA嬢などのサインがプリントされた Tシャツを景品としてもらった記憶があるんですけど、どこいったんでしょ?
----------------------------------------- 事実であったとしても欠点を指摘されて喜ぶ人はいない、普通は怒る。
久しぶりに独り酒しました。普段飲まないので、ショート缶1本で酔えます。 つまみのポテチ1袋も平らげたのになあ…なんだかお部屋が回転してますよ(笑) 上述書に、生きることに疲れたあなたに会いたい人がいるか、という文があります。 鬱はそれまでの人間関係の真なる価値を教えてくれると。今でも必要な人と、 本当は自分を苦しめる存在に過ぎなかった人とを自明に分別してくれると。
いつでもサッカーを楽しめて笑える玉田さんが羨ましいです。明日は木曜日。 日立台へ行く日です。明日は対戦相手目当てで訪れる人も多そうですが…。
生は一時の酔い、死は一杯の水。
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