Land of Riches
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2002年10月01日(火) |
Meaning of Birth |
日付が変わってすぐに携帯へメールが入りました。ぶちっ、とキレた私、 ちょうどその時出ていたチャット(ゲーム系)で「バースデーメールいらねー!!」と 叫んでしまいました。その場の皆さん全員がお祝いの言葉を下さいましたが、 (本当におねだりでしたね、これは…反省してます>Sさん)朝になり、パソの方にも 祝いメールが入ってて、親にも言われたんですけど、ずっと「……いらん」です。 もちろん最初の携帯メールだってお祝いのつもりでくれたのは分かってますし、 その文面だって私の今までの発言のリベンジ、すなわち自業自得でしかなかったのですが、 12時間以上たった今でもこんな気分なのは、本当に誕生日が、というか“一つ歳をとる”のが 嫌な歳になってしまったんだな、と生まれて初めて痛感しているからです。 正直、自分の年齢と応援している選手たちの年齢を比較するのは、もはや苦痛です。 それは、自分が老いたのが嫌なのもあり、年下の選手がとてもしっかりしているのもあり。
誕生日は、その人にとって一番大切な日だと思ってました。クリスマスやバレンタインは 当然ながら誰にとっても同じ日付ですが、バースデーはその人固有の日付。 それを祝うことはその人の存在を、そして生誕を感謝することであって、 数字の暗記が苦手なので友達の誕生日は綺麗に忘れるくせに、選手の誕生日は できるだけ祝おうと思っているのです、覚えている限り(死) 小野伸二さんの公式サイトバースデー日記はかわいかったのに…。
―生に意味を見出せない者は、死の意味を探し始める―
そういうわけで、祝いはいりません(苦笑)代わりに、永田&角田コンビの 明るい未来でも祈ってやってください。類似の系譜がめぐりめぐって静岡へ、 それも“想い出の地”清水へ戻ったのも、何かの因縁なのでしょうから、きっと。 …私の中で、現状ではU-19>U-21であるのは、もはや否めない事実です。 U-21を応援しているし、試合も見るし情報も集めてますが、私の応援のスタイルとしては 特異なことに、U-21を見ていてもターゲット(焦点)が定まらないのです。 これはこれで、積み上げた時間の残した見方なのかもしれませんけれど。
帰りを待ちわびる時間は果てしなく長く―
宮本さんの語録に“キャプテン気質”という言葉があるそうですが、統率力も ランニングスピードや視野と同じで、先天的な部分があるのかな、と思いつつあります。 前述のゲームに、今、3人サッカー部員がいて、私のキャラだけ高2なので、 下っ端街道まっしぐら(四六時中「○○先輩」ですもん、呼びかけが)なんですけど、 あとの2人は3年生で、特に指定はしていないのですが、片方がキャプテンぽく なりつつあります。二人の性格を端的に表せば火と水で、主将っぽいのは火の方なんですが。 「待てよ。サッカーってのは一人でやるもんじゃないだろ! チームメイトのことを気にかけないで戦えるかよ!」 あと、抜擢などで長年“チーム最年少”としての時間を過ごした人は ついていく、という位置に慣れてしまって、先頭には立てなくなるのかな、とも 思いつつあります。いや、誰のこととは言いませんが。市川さんのことだとかは(微苦笑)
何が書きたいのか分からなくなってきました。おめでたい頭です。 人間の、少なくとも性格は、ある時点で“完成”ではなく、生涯、 形成され続けるというか、変化し続けるものだと思います。 その造形要因は、内部にもあり、外部にもあり…。
―意思さえ持てば、何だって糧になりうる。
http://www.menkoi.net/consadole/news/tp521.html >右膝の手術も無事に終了し、ドクターもトレーナーも「術後1ヶ月の経過としては >すこぶる順調だ」と言ってくれていますし、自分でも良い方向に進んでいると思います。 >サポーターの方からは、入院中そして退院してからも千羽鶴(やぶ注:この日、 >フロントへ千羽鶴プロジェクトから鶴の贈呈がありました)や応援メッセージを >たくさんいただき、とても励みになりました。怪我をしてもこんなに応援してくれる >サポーターがいることに感謝の気持ちです。そしてサポーターの温かさを >プレーしていたときとは違った形で改めて感じることができました。 >全治6ヶ月との診断でしたので、少なくともあと5ヶ月、焦らずゆっくりと >治していくつもりです。実戦に出られないなら出られないなりのレベルアップの >方法もあるだろうし、この機会にうまくトレーニングできれば現状は >必ずしもマイナスにならないと思います。今は、より理想的なプレーができる身体を >つくることができればとリハビリに励んでいます。皆さんからの温かい励まし、 >本当に感謝しています、ありがとうございます。
ジュビロ戦の日に行われた会見です。いなくなってから気づいたことですけど、 彼のサッカーに対するストイックな姿勢(そのシビアな感覚がファンタジスタ= 松井さんの描く幻想を具現化していたことに今更…)は、いわゆる、プレーを見せて 引っ張るという形でチームを支えてましたし、戦線を離れた今も変わらず、彼は自分を 取り囲む状況を察知する能力に優れ、ベストを尽くしています。恐るべきことに。
接したことは1回(それもワールドユース前の熱海…しかも用事があって…)きりですが、 あの時の印象はものすごく強いものがあります。西村JAPANでも孤高のオーラを 漂わせていた(だから進んで近づこうと思ったことが一度もなかったです。名空@国内線で コンサトリオの中で彼だけが独り離れて携帯と向かい合っていた姿には寒気が しました)彼ですが、いざ接してみると、ぶっきらぼうとか冷たいというよりは、 妙に大人びているなぁ、と。だから、そんな彼が某F選手を待つ時だけ、 明らかに違う顔をしていたのには、心底からビックリしたんですけどね。
彼だけじゃない、あの時の面々、そしてその仲間たち、誰も、誰も五輪代表に 似つかわしくない選手なんていないと思ってますよ。その力は信じてますよ。 でも、もうずっと、世間の人たちへ認めさせるチャンスを逃し続けてますから。 なんで、こう、地上波全国中継がある時に頑張ってくれないかなぁ(苦笑)
自信―自分を信じること。自分たちを信じること。
前代の幻影、それは宿命かもしれません。だけど、現五輪代表は他の何でもない、 現五輪代表なのですから。それ以外の何者でもないのです。 アルゼンチン大会ユース代表(西村JAPAN)と、UAE大会ユース代表(大熊JAPAN)が どちらも好きですが、全く別物であるように、シドニー五輪代表と現五輪代表は違うもの。
比較に走って本質を見失いたくはない…これは言い訳じゃない、真なる願い。
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