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咳にすら誇りを感じるなんて、末期も末期、いいところです。 U-20が好き、ハネが好き―天秤座生まれだからなのか(私の誕生日はHPの3日前) 平等に対するこだわりが人一倍強いんですけど、同時に典型的な Love is blind. なヴィジョンの持ち主なので、 その折り合いをどこでつけたらいいのか分からず困ってます。困らないほど自我が強ければいいんですが。 声を出さなかったがために、藤ヶ谷さんとの連係ミスを招いたのもはっきり覚えてますが、 とにかくやたら声出ししていたのが嬉しくて、嬉しくて、幸せだったんです…楽しかったんです。 自分を傷つけられることを嫌い、それ以上に自分の大切な人(や物)を傷つけられることを厭う私にとって、 おのれの感覚―記憶の修正を余儀なくする存在は天敵であって、どうしても許せません。 …その一つが78回高校選手選手権1/3千葉会場第1試合と書いたら分かってもらえますか? 歪んでいても、歪んでいるからこそ、私の脳にしかない memory は、大切で、いとおしくて。 何のために香港へ行ったのか、何を見たくて実際見てきたのか、考えたら答えは案外簡単な気がします。 ただ、それと "See The Sky" (が抱える理念や期待、課題)は別個であって、どう結び付けるかは別の難題。 好きなものは好きと、声高に―人目も気にせず叫ぶのは、本当はすごく難しい…。 以前書いたように、昔は、理性(的な自分)と感情(的な自分)が別の名前を持っていて―異なる名前を与え、 それを区切りの壁となし、“二人”は常に“一つの身体”の中で議論という言い争いを繰り広げ、行動を定めてきました。 多忙な現実に流され、世の多くのもののようにボーダーレス化した“二人”もとい“ワタシ”は 両極端な“顔”を持ち、はた目からは理解不能なアップダウンを展開しています。 基本的には冷静な方だと思っていますが、なかなか抱かない―不感症かもしれない―好意が芽生えると 途端に視野が狭くなり、行動の中心軸から自分を外し、その人のためだけに生きてしまうんです。 4年前、住まいも肩書も家族も全部捨てて、愛する人と暮らそうと決意―未遂に終わったけれど―したように。 孤独への我慢の限界に達しているのもあって、ものすごく結婚願望が強いです。 話し相手が…私の話を聞いてくれる人が欲しい。“無言”を含めて。 高田延彦さんはプロNの司会を務めていた頃(本職じゃないのか…)から好感度高い人ですが、 向井亜紀さんとの関係を見ていると、ああいう人へ添い遂げたいって強く思います。 独りが恐いから、辛いから、期待に、必要とされる感情に弱いんです。 思い切りプライド高いくせに、おのれを曲げ、それへ応えようとしてしまう―そして、そんな自分を嫌いになって。 哲学の歴史のごとく、理性への信頼が揺らいでしまった今、優先順位をつけるなんてできません。 違う身体へ巣食う心―魂への配慮なんて無理です。自分を大切にすることさえ不可能。 …うつろいゆく感情のまま、思うがまま、願うがままに生きていければいいのに。 心変わりの恐怖に怯えなくても済めばいいのに。どうして常に未来を思い描こうとするんでしょう。 予測しようとするんだろう…読もうと…読み切ってしまおうと…5秒先を生きる人を見つめて。 その焦点が5秒後も同じ場所へ、同じ対象にあるかは、誰にも分かりません。 今日の一言:「結構なんでもすぐ忘れちゃうんだよ〜(おいおい)」
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