橋本裕の日記
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一昨日の「マックの会」で、Kさんから、昨年5月に癌でなくなられた奥さんの話を聞いた。奥さんは医者から「癌を敵視するのではなく、友達と思って付き合ってください」といわれたそうだ。そこで寅年生まれの奥さんは、癌に「とらちゃん」という名前をつけて可愛がったのだという。
奥さんはKさんと結婚してしばらくしたころ、流産したことがある。その後、子宝にめぐまれなかっただけに、それは彼女にとってとても悔いの残る体験だった。そんな思い出が蘇ったのか、奥さんはお腹にできたその癌を、自分の子どものようにいつくしんだという。
奥さんはスキルス性の胃がんで、余命いくばくもないと宣告されていたが、これという抗がん治療も受けないのに、それから4年近く自宅でクオリティ・オフ・ライフを楽しむことができた。癌を敵視しないということは、気持にもゆとりをあたえる。これがよかったのではないかとKさんはしんみりと語ってくれた。
この話を聞きながら、私はその前日、同僚のT先生から聞いた話を思い出した。T先生は腰痛がひどくて、いろいろな治療をうけたがよくならなかった。何十万円も投じて、気功術の合宿にも参加したが、それでもだめだった。
ところがあるとき、「腰痛を敵視していてはだめだ」と気づいたのだという。腰の筋肉も、いや全身の細胞が自分のために一生懸命に働いてくれている。自分は生かされているのだ。そう考えて、「ありがとう」という言葉を口にする習慣をつけた。そうしたところ、2ケ月ほどで、知らないうちに腰痛が治っていたという。
じつは、これと同じような体験を私もしている。かって私の1年生のクラスで学級崩壊が起こった。素行の悪いクラスの癌のような生徒が数人いて、これが授業妨害、暴力行為、喫煙、器物破損と、ありとあらゆることをする。これをなんとか押さえつけようと悪戦苦闘するうちに、私は不眠症や高血圧、歯痛にくわえて、猛烈な腰痛に襲われた。
これは私の教師生活にとって最大のピンチだった。教師を辞めたいとも思ったし、いっそ首をつったほうがらくだとさえ思いつめた。しかし、この苦しみの中で、私はやがて、「はたして悪いのは生徒だろうか」と考えるようになった。
生徒たちもまた辛いのだ。苦しんでいて、自分に絶望しながら、それでも何と救われたいと思って、必死に訴えかけているのだ。そんな生徒たちが実は一番の犠牲者ではないだろうか。私たちは彼らを癌のように忌み嫌い、敵視するのではなく、もっとあたたかく受け止めてやるべきではないだろうか。
こう考えることで、私の気持が軽くなった。彼らの無作法な態度にもあまり腹が立たなくなったし、私を罵る女生徒の前で、「すまんな。先生に力がなくて」と素直に涙が流せるようになった。それから生徒たちの荒れも少しずつ下火になり、私の腰痛も消えた。
以来、私は腰痛に悩まされたことがない。こうして私は自分の人生の最大のピンチから、それこそもっとも美しい宝物のような教訓を学んだ。それは「人生に敵はいない。みんな友だち」ということである。
ものは考えようである。病気でも人でも敵視するのではなく、自分の分身であり、かけがえのない友だちだと思ってはどうだろう。そして、それもまた自分を自分らしく生かしてくれる大切な因縁だと考えるのである。
人生に敵などいない。敵などというものは自分の狭い利己心が作り出した幻想である。「みんな友だち」だと思えば、こころにゆとりも生まれ、人生が楽しくなるし、逆境におかれてもよき知恵が生まれてくる。こういう気持で世界中の人が仲よくなれば、戦争もなくなるにちがいない。
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