橋本裕の日記
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2008年02月06日(水) 理想の文学

 今年の抱負は、HPに毎週小説を連載することである。完成すれば毎月1章ずつ、12章からなるかなり長い作品になる。自伝を別にすれば、これほど長い作品を書いたことがない。どんな小説ができあがるか、少し楽しみである。

宮本輝さんがNHK教育テレビの「人生の歩き方」の中で、阪神淡路大震災の体験を語っていた。書斎の窓ガラスが割れて、その断片が後ろの壁に突き刺さっていたそうである。そこに座っていれば、まちがいなく命はなかったそうだ。

大震災があった1995年といえば、私が自伝「幼年時代」を書きはじめた年だ。自伝を書きはじめた動機のひとつに、この大震災があった。何が起こるかわからないという人生に対する危機意識が、私をして自伝を書くことへと向かわせた。

毎朝、4時頃に起きて、原稿用紙にして1枚程度の文章を書いた。これをこつこつと積み重ねて、300枚ほどの作品がその年にできあがった。そして翌年には、「少年時代」を書き、続いて、「青年時代」「就職まで」を次々と書いた。われながらよく書いたものだと思う。阪神淡路大震災という大惨事を目撃して、人生の無常を感じなければ、これだけの自伝はかけなかったに違いない。

宮本さんの場合は、この地獄を直接体験したわけで、その衝撃はさらに大きいものがあったに違いない。NHKの番組で、彼はその体験にふれたあとで、小説家としての抱負を次のようにしみじみと語っていた。

<水と思って飲んだら血だったという、そういう文章を書きたい。何気ない、なんでもないふつうの、さらさらと水が流れるように始まって、さらさらと水が流れ去っていくようにして終わる。そこには何も奇をてらったものはない。人間の営みがあるだけだ。

けれどもそんな水のような小説を、水だと思って飲んで、しばらくするとそこから何かもっと違うものが、読んだ人の心の中で化学反応を起こして、別のものが生まれてくる。こんなすばらしいことが実は秘められてあったのかと思わせる、そんな小説が書けたらすばらしい。そんな小説が書きたい>

 水の流れを思わせる自然な文章、平凡な日常を描きながら、その奥に人生の真実を捉えている静かな文体。水だと思って気楽に飲んでいたら、それが命の水となり、心の血液として、読んだ人を温め、生命力の源泉にもなる。そんな作品が書けたらすばらしいことだと思う。


橋本裕 |MAILHomePage

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