橋本裕の日記
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80年代は日本経済は絶好調だった。1987年には株式時価総額で東京市場がニューヨーク市場を追い抜き、1989年末には46.7パーセントも上回っていた。土地も驚異的に値上がりして、東京都の地代でアメリカが買えるとまで言われた。
この背景のひとつに日銀の異常な低金利政策があった。これによってお金がどんどん市場に供給され、マネーゲームが過熱した。しかし、実体経済を反映しないマネーの肥太りはいつか破綻する。
株価は上がり始めると、アクセルがかかり、自然に上がる。株価は上がるから上がるのであり、下がるから下がる。企業の業績や実態経済とはあまり関係がない。日本の株価や土地が加速度的に値上がりしたのも、こうした投機的なマネーの性格からきたものだ。
しかし、バブルはいつかはじける。加熱した日本経済にも、その日がやってきた。1991年に株価は下落へと転じ、つねに右肩上がりを続けていた日本の地価上昇もストップした。土地神話が崩れると、とどうなるか。こんどは「下がるから下がる」という負のエンジンが働き始める。そして一気に日本経済は不況の坂道を転げ落ちた。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングの調査によると、バブル崩壊後の1991年から2003年の間に日本国内の土地や株式などの資産は1389兆円の損失が発生しているという。そのうち企業分は466兆円で、これによって企業は多額の不良債権を抱えることになった。
しかし、もっと深刻なのは家計部門で、その損失は623兆円に達している。土地や株を担保に住宅ローンをくんでいた人も多く、これが負の遺産となって大きくのしかかってきた。
大企業はリストラによる人件費の圧縮や資産の切り売りで、これらの不良債権を処理し、業績も回復し、最近ではバブル期をしのぐ大幅な黒字を出している。しかし、家計はそうはいかない。住宅ローンなどの多額の不良債権を抱えた上で、しかも失業や賃金カット、正社員からの格下げなど、家計の経済状態は依然としてきびしく、バブル崩壊の後遺症はなお続いている。
じつのところ雇用者報酬は97年の280兆円をピークに2004年には255兆円まで減少した。自営業者の所得は92年の43兆円から2004年には26兆円へと大幅に落ち込んでいる。そして、これが家計における過剰債務を生み出た。
企業業績が回復しているのに、どうして日本経済は復活しないのか。そのおおきな理由はこうした家計の貧困にある。大企業がいくら利益を上げても、家計が潤わなければ消費は拡大しない。バブル崩壊後、銀行は救済されたが、家計は依然として過剰債務状態がつづいている。この家計の貧困が元凶となって、日本はなかなかデフレ経済のトンネルを抜け出せない。
最近のメディアの論調で、この点をただしく捉えたものがほとんどみあたらない。たとえば朝日新聞の論調を見ても、過去一年間の日本の株価が中国やインドは別格にして、アメリカやヨーロッパと比較しても低調であることを問題視し、これは小泉首相によって始められた経済の構造改革がまだ不十分だからだと論じている。これは現状をただしく捉えた日本経済の分析とはいえない。
この1年間の株価の低迷についていえば、これは日本経済が構造的問題というより、むしろマネーゲームにうつつを抜かし、金融バブルへと走り続けた世界経済のあり方がおかしいのである。今、世界経済はサブプライム問題を端緒として危機を迎えているが、別に驚くにあたらない。マネー万能経済の当然の帰結だと捉えたほうがよい。
アメリカ経済がこれまで繁栄してきたのは、日本や中国がドルを買い支えていたためだ。これをよいことに、アメリカはさんざん浪費をしていた。もちろん、日本や中国も商品を買ってもらえるので、文句をいわなかった。アメリカの消費が世界経済を牽引しているなどと、マスメディアもこれを評価し、このカラクリにそのものに異論を出さなかった。
しかし、その結果どういうことが起こったか。以前、NHKの番組で見たが、年収200万円そこそこの人がプール付の豪邸に住み、贅沢の限りを尽くしている。そんなことができるのはサブプライム・ローンのせいである。
日本は土地を担保にして銀行からお金を借りたが、アメリカは住宅を担保にしてローンを借りることができた。しかし、土地が値下がりして日本のバブル経済がはじけたように、住宅価格が値下がりすればアメリカのバブルも弾けざるを得ない。
アメリカの銀行が悪質なのは、住宅ローンを証券化して売り出し、ファンドとして外国の銀行に買わせていたことだ。しかも格付け会社がこれを優良証券と評価した。そのため、アメリカのみならず世界中の銀行やファンドがこれを購入し、結果的にトラブルに巻き込まれてしまった。そして世界同時不況が心配される事態になってきた。
私はこれは市場にすべてまかせるというアングロサクソン型自由主義金融経済の破綻ではないかと考えているが、いずれにせよ、これで拝金主義の考え方がいくらか是正され、マネー万能の風潮が下火になり、世界が正常化することになればよい。しかし、前途はそう理想的には進まないだろう。
07年度下半期のサブプライム・ローン関連の損失は、シティ、メリルリンチ、JPモルガンの米金融3社だけで1121億ドル(約12兆円)にのぼっている。アメリカ政府やEUはこうした金融機関を救済するためにすでに30兆円以上の公的資金をつぎ込んでいる。さらには産油国やロシア、中国などの強力な国家ファンドにまで救済を求めている。
これによって、大手の金融機関は救済されるだろう。そして株価も持ち直し、世界の富豪も胸をなでおろすことができるかもしれない。しかし、過熱したマネーゲームのしわよせはどこかに行く。それは格差をさらに拡大し、中産階級を没落させ、貧しいものをさらに貧しく、悲惨な状態に追いやることだろう。
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