橋本裕の日記
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K子は私の始めての女だった。当時私は大学院の博士課程で理論物理学を専攻していたが、またおかしな「文学病」にとりつかれて、「作家」という同人誌に小説を書き始めていた。結局物理学より小説の方が面白くなり、博士課程を2年で中退して、高校の教師になった。
高校の教師になったのは、夏休みなど休日がふんだんにあり、小説を書くのに最適な職業だと判断したためだが、教師になってみるとこれはそれほど生半可な仕事ではないことがわかった。結局、私は教師という仕事にエネルギーの大半をとられて、その残りかすで小説を書くはめになった。
これでは本格的な作品は書けない。結局、二つの同人誌にあわせて40本ほどの短編小説を書いて、朝日新聞に顔写真つきで作品が紹介されたり、「文学界」の同人誌評で何度か取り上げられ、その月のベスト5に名前が挙がったりしたが、結局それだけだった。それなりのテクニックは身についたが、技術だけで小説が書けるわけではない。
物理の研究をさぼり、小説を書き始めた大学院生の頃、私は読書会でK子と知り合い、私たちは喫茶店で二人で会って話をするようになった。大学院で物理の研究をし、小説も書いている私は、夜間大学の文学部を卒業したK子にとって、尊敬とあこがれの対象だった。星の世界の神秘から、サルトルやハイデガーの哲学、万葉集の愛とロマンの世界、そして現代小説にいたるまで、私の守備範囲は広かった。
彼女は私をうっとりと見つめ、「こんなすごい人がいるなんて、思いもしなかった」とため息をついた。私は調子に乗って話し続けた。K子を相手に話をしていると、自分がとてつもなく巨大な才能を持つ思想家であり、自然科学者であり、文学者であるような気がした。そして、いつかこうして自分を慕ってくれるK子に愛情を感じ始めていた。
やがて私たちは居酒屋で飲むようになった。向かい合って座っていた彼女に、「こちらにおいで」と誘うと、素直に私の横に身を寄せて座った。私ははじめて彼女のからだに触れた。スカートの下の素肌に触れたとき、私の指が震えた。素人の女性の体にふれるのははじめてだった。
私は次第に大胆になった。そして私はその日のうちに、彼女をホテルに連れて行った。ホテルに一泊し、私は何度も彼女を求めた。私に心酔していた彼女は、ほとんど抵抗を示さなかった。言われるまま、一糸まとわぬ素裸で従順に身を横たえている彼女を見下ろして、私は世界を征服したような高揚感に襲われた。しかし、この高揚感も長く続かなかった。このあと、K子の態度が豹変したからだ。
(今日の一首)
はずかしき思い出多ししかれども 青春の日はうつくしきかな
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