橋本裕の日記
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5月1日から株式交換による企業買収(三角合併)が日本でも解禁され、いよいよ本格的な買収の時代に入った。外国企業が日本企業を買収するとき、これからはお金は必要ではない。自社の株券を印刷して、買収先の株主にこれとの交換をもちかければよい。株主はもうかると思えば、株券の交換に応じる。
三角合併はお金を介さないという意味で、昔の物々交換に似ている。ただ交換されるものが、物ではなく株券だというところが大きな違いである。ミタル製鉄は去年6月27日に世界第二位の鉄鋼メーカー・アルセロールを買収した。ラクシュミ・ミタル社長は1月に「株を高値で買い取る」と一方的に宣言して、わずか半年で買収を成功させた。
ミタルがヘッジファンドなどを介してアルセロール買収に要した資金は数兆円だといわれているが、これも実際にそれだけの現金が動いたわけではない。自社の株券をそれだけ手放しただけである。しかもそのあと企業合併することでミタル社の株はさらに上がり、その時価総額は今や6兆円で、世界第二位の新日鉄の2倍以上ある。
ラクシュミ・ミタルはインドで小さなくず鉄工場を経営していた。それがわずか十年たらずで世界の25ケ国に製鉄工場を持つ現代の鉄鋼王になった。ミタル帝国といわれるゆえんである。一代で4兆円もの資産を築き上げ、娘の結婚式もベルサイユ宮殿を借り切って行われたという。その費用は75億円だったそうだ。
鉄鋼王と呼ばれながら、彼自身はじつは一つも製鉄所を作っていない。すべて買収したものだ。その手法は、買収によって自社の株価を上げ、これをてこにさらなる企業買収をしかけるというものだ。たとえば、アルセロール買収を宣言した2006年1月27日のミタル社の株式時価総額は2兆3886億円である。それがアルセロール買収後の11月1日は二倍以上の5兆9979億円にまでふくれあがっている。わずか1年も満たないうちに、ミタルはこうして巨人化した。 現在世界一の技術力を持っているのは、明治以来100年以上の歴史を誇る日本の新日鉄である。ミタル社が開発した特許はわずかに38件にすぎない。ところが新日鉄は1038件もの特許を持っている。この新日鉄の高度な先端技術が通常の鋼板よりも4倍も強度を持つというハイテンなどの驚異的高品質の鋼板を生み出し、日本の自動車産業の繁栄を支えてきた。
新日鉄はこの最高レベルの技術をアルセロールに供与してきた。アルセロールがヨーロッパの自動車産業に限り販売を認めるという厳しい条件付である。これによって、ヨーロッパに進出した日本の自動車工場は高品質の鋼板を供給されていたわけである。アルセロールがタミルと合併されても、日本の自動車産業はこの構図に依存するしかない。
タミルはアルセロール時代に新日鉄から供与された技術で鋼板を作り続け、これをヨーロッパの自動車産業に輸出している。しかも、この鋼板をヨーロッパ以外の工場で使用したいとしている。新日鉄の三村明夫社長はミタル氏とのトップ会談でこれを拒否したが、これによってミタルの新日鉄買収がいよいよ現実味を帯びてきた。
三村社長も「ミタル帝国が完成するのは新日鉄が買収されたときでしょうね」と、最近放送されたNHKの番組で述べていた。さらに、「短期的な経営を狙った買収や技術の獲得を狙った敵対的買収に対しては、非常に危険だと思います」とも述べている。高い技術を持つ魅力的な企業であればあるだけ、買収されるリスクが高まるわけだが、三上社長はこうしたマネー万能の論理を批判して、去年10月にアルゼンチンで行われた国際鉄鋼会議でこう演説している。
<鉄鋼業界の再編は鉄に携わる者の手で行わなければならない。ヘッジファンドに代表されるマネーの論理によるべきではない。彼らは短期の利益だけを追求し、企業の価値を破壊してしまうからだ>
三村社長は徹底抗戦の構えだが、最近、タミル社長は極秘に日本を訪れ、日本の自動車メーカーのトップと会談している。国際化した日本の自動車産業が新日鉄を見捨てる日も近いかもしれない。新日鉄の社内の企業買収研究班による分析資料には、ミタルによる株式交換による敵対的買収を仕掛けられた場合、「安全な防御策は存在しない」と記されている。新日鉄の看板が塗り替えられる日が近づいている。
なお、「三角合併」のしくみや、マネー資本主義の脅威については、すでに「企業合併・買収(M&A)入門」でくわしく述べ、「高い技術力をもつ日本の企業はもっと危機感をもつべきだ」と警鐘を鳴らした。残念ながら、2年前に私が懸念した通りのことが現実に起こりつつあるようだ。
http://home.owari.ne.jp/~fukuzawa/M&A.htm
(今日の一首)
風さわぐ木立をゆけばなつかしき 友がたたづむ明け方の夢
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