橋本裕の日記
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父が生きていた頃は、正月と盆に一家で福井に帰省した。毎年福井で除夜の鐘を聴き、正月を迎えていたわけだ。お盆に帰省したときは田舎の寺に墓参りに出かけ、越前海岸で泳いだ。二人の娘たちも幼かったので、一家揃っての行動が容易だった。
父が死んでからも数年間、一家で福井に帰省していたが、やがて娘たちも高校生になり、大学生になると、それぞれ都合ができて、正月や盆に一家でそろって帰省することがむつかしくなった。とくに正月の帰省は、弟夫婦の生活にも干渉することになるので、すぐにとりやめになった。
最近は盆の墓参りにも一家4人が揃うことは珍しくなった。盆以外には私が一人でふらりと母の顔を見にでかける。それも泊りがけではなく、日帰りである。母の元気な顔を見て、話が聴ければ安心する。
今回は父と祖母の17回忌だったので、一家4人の帰省ということになった。これも最初は私と妻の二人だけの予定だったが、娘たちが自分たちの方から「都合をつけて参加する」と言ったくれた。死んだ父や祖母もさぞかしよろこんだに違いない。
母は去年の暮れに体調を崩して入院した。その後遺症か「物忘れがひどくなった」と言っていたが、どうにか健康を回復して、今回の法事を采配した。弟の4人の息子も母が育てたようなものである。いつもながら母のパワーには脱帽するしかない。しかし、法事が終わり、一段落着いて、母も疲れがでてくるのではないかと心配である。
今回、父と祖母の両方の法事に、母の妹の配偶者の岩村さんが、不自由な体を引きずるようにして参加してくださった。重度のパーキンソン病の上、骨粗しょう症で骨折をし、最近は肺病にかかって入退院を繰り返していた。しかし、是非、法事に参加したいというこだった。
岩村さんには私の結婚の仲人もしてもらっている。父が死んだあとは、私たちの父親代わりのような存在だった。今回の法事には、岩村さんの一人息子とその奥さんも京都から泊りがけで参加してくれた。父や祖母も大変喜んだことだろう。
(今日の一首)
父と祖母読経ききつつ偲びたり 足のしびれもなつかしきかな
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