橋本裕の日記
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木曽川堤の近くに大きな桜の木が今を盛りに咲いている。一昨日の朝の散歩のとき、妻と二人でその桜の枝の下で写真を撮り合った。
しきしまのやまと心を人とはば 朝日ににほふ山ざくら花
本居宣長の歌が思い浮かぶ。ここで彼が詠んだ「やまと心」は、本来の「大和心」である。すなはち、森羅万象すべてを同胞として受け入れる「大きな和心」である。、長谷川櫂さんも「週刊現代4/14」の「国民的俳句100」でこの歌を取り上げて、こう書いている。
<遠い昔、桜は人を戦場に駆り立てたりする勇ましい花ではなかった。むしろ、その反対、和心の花だった>
宣長が日本の心として愛した大和心は、もののあはれを愛でる優しい心でもある。彼が愛した「源氏物語」で、紫式部は美しいヒロインの紫の上を桜にたとえている。
<ものに紛るべくもあらず、気高く、清らに、さと匂ふ心地して、春の曙の霞の間より、おもしろき樺桜(かばざくら)の咲き乱れたるを、見る心地す>
ここで樺桜というのは山桜の一種らしい。桜はこのようにどこかはかなげで美しい佳人にたとえられる。そしてこの花は、西行はじめ、多くの日本人のこころに、ふるさとの花として咲いていた。
ところがこの1世紀の間に、平和を愛するおおらかな大和心が、どういうわけか国のために命まで投げ出して戦争をする狂気じみた大殺戮心に生まれ変わった。桜の花も平和の愛の象徴でなくなり、戦争を愛する心のシンボルになった。これには天国の本居宣長もびっくりしているだろう。
ちなみに、HPの表紙を飾っている写真の桜も、去年の春まで木曽川堤に咲いていた桜である。残念ながら、堤防の改修工事で、多くの桜の木が切り倒された。この木は真っ先に切られてしまった。
昨日、妻と二人で写真を取り合った見事な桜の木は、奇跡的に生き残った。これもまた、首切りが横行する経済優先の世の中では、人間同様にいつ無残に切り倒されるかわからない。さびしいことである。
(今日の一首)
わが風邪をもらって妻は寝込みたり 病人が二人花冷えの夜
一昨日の朝、妻に「誰か僕の風邪をもらってくれないかな」と冗談を言ったが、これが冗談でなくなった。妻が頭と喉が痛いと言い出し、昨夜夕食を食べずに寝込んでしまった。これでは家事も停滞する。余計なことを口にしなければよかった。
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