橋本裕の日記
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2007年03月12日(月) 死ぬときは無一物

 日本は他の先進国と比べると、労働時間が長い。そればかりかサービス残業までまかりとおっている。しかも、小泉改革以来、この傾向が加速している。

 授業が5時過ぎから始まる夜間高校の場合だと、10年ほど前までは教員は午後4時ごろ出勤すればよかった。それまでは自宅での研修が認められていた。それが5年ほど前から、午後2時出勤になった。

 私は12時40分ごろ家を出ている。自転車とJRと地下鉄を乗り継いで、学校に着くと2時頃になる。帰りは9時40分頃に学校を出て、帰宅は11時近くになる。昔夜間高校に勤務していたころと比べると、かなりきつい。

 ところが近い将来、これが1時出勤に改められる。自宅での研修を一切認めず、職場にしっかり拘束しようというわけだ。そうすると私の場合、11時40分頃家を出なければならない。これまでのように昼食を家でゆっくりというわけにはいかない。生活のリズムが窮屈になる。

 こうしたことで、教員の生産性が上がるとは思えない。おそらく生産性は低下するだろう。しかし、現場を知らない人々が杓子定規に、夜間高校の教師にも民間並みな待遇を求めればこうなる。馬鹿なことをするものだと思うが、これも時代の趨勢なのだろう。

 私の場合、転勤希望を出して、もう少し近い定時制高校に変えてもらうのが一番良い。自動車で30分以内で通勤できる高校が複数ある。あと1年で今の高校に3年になる。定年までの3年間を近くの定時制高校で勤務できれば、1時間遅く出かけて、1時間早く帰れるのだから勤務時間の変更によるダメージは完全に回避される。

 しかし、転勤希望を出してもそううまくことが運ぶか疑問だ。それから、現在担任をしている1年生の学年を4年まで持ち上がり、無事卒業させたいという思いがある。この年になって転勤は面倒だし、今の職場の人間関係もいいので、できることなら通勤に不便でも、現在の高校で定年まで勤め上げたい。

 そこで考えたのは、学校の近くにアパートを借りることである。妻とは別居することになるが、これで毎日3時間もの通勤時間が浮く。これだとたとえ1時出勤でもゆっくり昼食をとることができる。夜の帰宅も各段に早くなり、生活にゆとりができそうだ。

 もちろん、アパートを借りればそれだけの出費が予想される。これをどう解決するかが問題だ。ひとつの方法は現在住んでいる家を売り払うことだ。幸い次女もこの4月に就職して独立する。妻も名古屋に実家があり、妻の両親が二人で暮らしをしている。そこに一緒に住むことで、親孝行ができる。家族の思い出のつまった家を失うことはさびしいが、私には経済上これがベストな選択ではないかと思われる。

 他の案としては、あと1年間だけ勤めて、思いきって教員をやめることである。家を売り払い、まずローンを完済する。それから妻と退職金を折半する。そうすると750万円ほどの現金が手に入る。これで65歳までの8年間を生き延びる。年間90万円で生きることは日本では無理だ。しかし、セブにでも移住すればなんとかなる。

 いずれにせよ、家を処分することが前提になるが、「死ぬときは無一物」という私のモットーからして、いずれこれは断行しなければならないことだ。家族は反対するだろう。しかし私としては、こういう方向で、これから1年間かけて、妻や娘を説得しようと思う。

(今日の一首)

 木曽川を眺めてたのし散歩道
 御岳見ゆる雨上がりの空

 散歩道には伊吹山や御岳山が見える。例年に比べて冠雪は少ない。それでもさすがにまだ山肌に白いもの見える。正面に見えるのは妻とたびたび登った金華山だ。木曽川の河原では、いま鶯がしきりにさえずっている。のどかで平和である。


橋本裕 |MAILHomePage

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