橋本裕の日記
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星野道夫さんの遺稿集「長い旅の途上」のなかに、「ある親子の再生」という一篇がおさめられている。星野さんがアラスカで知り合ったクリンギットインデアンのウイリーさんの話だ。
<ウイリーには、初めて会った瞬間に、強いスピリチュアルな何かを感じていた。風のようにひょうひょうとして、まったく陽気な男なのに、彼の美しい視線はいつも相手の心の中を優しく見透かしていた。その美しさはある深い闇を越えてきたまなざしでもある。ウイリーはベトナム帰還兵だった>
ベトナム戦争では5万8132人の米兵が命を落としている。そして、その3倍にも及ぶ約15万人もの帰還兵が自殺をしている。つまり20万人以上のアメリカ人がこの戦争で命を落とし、おそらくその何倍ものベトナムの人たちが死んでいるわけだ。
インデアンやエスキモーの若者たちも過酷な戦場へ送り出された。ウイリーさんもその一人だった。そして彼は戦争から帰り、精神に破綻を来たし、首をつって自殺を図る。そのとき、7歳になる彼の息子が、必死に父親の体を下から支え続けたのだという。その後、ウイリーさんの再生の物語がはじまった。
<ウイリーは長い心の旅をへて、クリンギットインデアンの血を取り戻そうとしている。そして今も心を病むベトナム帰還兵のインデアンの同胞を訪ね、その痛みに耳を傾けていた。それだけではなく、監獄にいるインデアンの若者たちを訪ねては再生への道を共に歩いている。それは戦後荒れていった彼自身がたどった道でもあった。そしてウイリーが素晴らしいのは、その行為が自然で、何の気負いもないことだった>
早春のある日、星野さんはウイリーさんと一緒に、小さな舟でアラスカの海に漁に出た。出発を前にして、ウイリーさんは小舟から薬草の潰したものを海面まき、祈りをささげた。そして、こんな言葉をつぶやいたという。
<あらゆるものが、どこかでつながっているのさ>
この風のような言葉に、星野さんは打たれた。それは何千年にもわたってアラスカの海や原野に生きてきたエスキモーやインデアンの人々が今なお宿している感覚である。その漁で二人はオヒョウの大群にあい、漁は真夜中まで続いたという。
ウイリーがつぶやいた風のような言葉に、私も魂をゆさぶられた。このなつかしさは、現代の文明社会を生きる私たちの魂の奥底に、原始のスピリットが宿っているあかしなのだろう。再生の可能性は、私たちにも残されている。
(今日の一首)
街路樹のこぶしが咲けりうららかな 陽射しのなかにほのかにひらく
今年は暖冬のせいか、季節のめぐりが早い。近所の家の梅が白梅、紅梅とも咲きそろった。そして、街路樹のこぶしが昨日いきなり咲き始めた。散歩道の桜並木も、つぼみがずいぶんふくらんでいる。
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