橋本裕の日記
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昨日は学校の映画鑑賞会だった。名古屋駅近くの映画館に、現地集合、現地解散である。これを利用して、昼と夜に名古屋駅で二人の友人にあった。ひとりは、最近インターネットで知り合ったkeizoさんである。友人と書いたが、初対面である。たびたび私のHPの掲示板に書いてくださっていたので、もう会う前から親しみを持っていた。
一緒にランチを食べ、そのあとコーヒーを飲んだりして、2時間あまり楽しく会話した。keizoさんは中学校で数学や理科の教師をしていたという。しかし、英語が好きになり、バンクーバーに留学した。そこで、日本語を教えたこともあるという。そして現在は塾で英語を教えてみえる。
英語や日本語についての話が中心になったが、keizoさんからそうした実地体験に根ざした話をいろいろと聞けてとても面白かった。keizoさんは20年近く俳句をたしなんでみえる。そして、「言葉の鳥」という魅力的な句集の作者でもある。句集をいただき、さっそく開いたページにこんな句があった。
晩学の肘置く文机 母の日の
keizoさんは俳句の英訳もこころがけてみえる。たんに英語ができるというだけではない。日本語と日本文化に深い理解をもち、その上で英語にとりくんでいる姿勢にとても好感を持った。わたしもいずれかくありたいという、その理想形を彼の中に見る思いがした。
映画鑑賞会のあと、もう一人友人にあった。彼は私の小学校からの幼馴染である。自伝「幼年時代」にも「少年時代」にも本名で名前がでてくる。大恩ある親友である。ここではM君としておく。福井に家族を残して、現在名古屋に単身赴任中とのこと。一昨日「会いたい」と突然電話があった。彼と会うのはもう2年ぶりくらいである。
東京の大学を卒業して、食品関係の会社に就職した。出世して、いまは名古屋営業所の所長をしている。案内された店で、恐る恐る箸を伸ばしていると、「今日は、安心して、飲んで、食べてくれ」と、私の腹の中を見透かしたようなことをいう。「それなら、いただくよ」とこちらも遠慮がない。
セブに留学したことをいうと、「それじゃ、もう一軒行くか」と、まだ料理が残っているのに、さっさと彼が馴染みにしているバーに連れて行かれた。そこでフィリピン人のホステスを紹介された。日本の大学に留学して、マネジメントを学ぶのが夢だという。流暢な日本語を話すので、あまり英語の勉強はできなかったが、「今度英語を教えてくれ」というと、「いいわよ、喜んで」とうれしそうに笑った。
バーで水割りを飲んだせいで、すこし酔った。時計を見ると、もう11時を過ぎている。あわてて店を飛び出し、M君に栄の地下鉄乗り場までタクシーで送ってもらった。どうにかJRの終電に間に合った。こうして実りある、長い一日がおわった。
(今日の一首)
人に会い別れて仰ぐ冬の空 流れているよ白い雲たち
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