橋本裕の日記
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現在は公表されなくなったが、以前は国税庁が年3000万円以上の納税者を「高額納税者」として、その名簿を公表していた。納税額から逆算すると、年収1億円以上の収入のある人たちである。橘木俊詔さんは「格差社会」(岩波新書)でこう書いている。
<今日の日本社会における高額納税者すなわち富裕層には、二つの職種が該当します。一つは企業経営者です。企業のトップ、社長や会長などです。・・・高額納税者の31.7パーセントが社長や会長などのトップであり、11.3パーセントが副社長以下の取締役となっています。合計43.3パーセントが経営者なのです。
もう一つの職種は医者です。医者が高額納税者の15.4パーセントを占めていることになります。これらの数値を合わせると、日本の高額納税者の6割前後が経営者と医者になっています>
高額納税者名簿に名前がのる経営者の多くは大企業の「サラリーマン経営者」ではなく、むしろ起業家とよばれる「創業経営者」である。ITやプログラム開発といった情報通信、飲食店チェーン、消費者金融、人材派遣業、パチンコ店経営者など、サービス産業の起業家が上位を独占している。
とくに目覚ましいのは、IT産業である。この分野では社長や会長にならなくても、ときには巨額の収入を得ることができる。たとえば2005年の高額納税者のトップは外資系の小規模な資産運用会社に勤めるファイナンシャルマネージャーだった。彼は株式売買などの資産運用の手数料で、年間100億円もの収入を得たとされている。
こうした情況をうけて、起業家をめざす人たちがふえている。政府もこれを奨励しているが、一方ではこうした創業者経営者はともするとワンマン経営に傾き、そうした企業で働く従業員の過酷な労働条件も問題になっている。ふたたび「格差社会」から引用しよう。
<サラリーマン経営者は、労働者としての経験があるので、ある程度、労働者の気持ちが分かります。その結果、労働者に過酷なことは要求できない、あるいは、しないという傾向があります。
一方、労働者の経験がない創業経営者は、自分の企業で働く労働者の気分や感情などを、理解できない場合も少なくありません。なぜなら、はじめから資本家、経営者としての視点だからです。とかく自分の企業、ビジネスの成功ばかりに重点を置いた経営をしがちです。ライブドアの堀江氏が自社の時価総額が上がることに特に力を注いだり、株価の上昇を狙って買収や合併を繰り返すといった企業経営を行ったのも、そうしたことを物語っているのではないでしょうか>
また、巨額の利益を上げている創業者経営者のなかには、社会的配慮や倫理性に乏しい人たちがいる。たとえば去年、村上ファンドが阪神電鉄の株を買い占めようとしたが、彼等の関心が鉄道事業にあったわけではない。むしろ資産が目当てだったという見方が一般的である。
<そうした人たちが、鉄道事業の経営に乗り出したら、どういうことになるでしょうか。鉄道という公共的なものの安全性さえ確保できなくなるかも知れません。このように資本の論理だけで経営を行うことは、様々な弊害を生む危険性があるのです>
しかし、人間の価値さえもが年収で計られる時代である。<マネー>の力はあなどれない。多くの若者は高収入の起業家にあこがれ、あるいは医者になることをめざす。しかし、これが日本社会の人材配置に悪影響を及ぼすことも考えられる。引き続き橘木俊詔さんの「格差社会」から引用しよう。
<優秀な若者が企業を敬遠し、自分で起業して莫大な収入を得ることをめざすようになれば、どうでしょうか。企業に優秀な人材が集まりにくくなり、日本企業の中核部分の企業に「翳り」が発生する可能性があります。それらの企業の生産性も落ちるかも知れません。
また、今日の高額所得者が従事する産業には、パチンコ店経営、消費者金融と言ったものがあると述べました。こうした産業が、高額所得の産業として現れたことも、近年の特徴と言えるでしょう。しかし、こうした業種が高額所得産業として位置づけられることが、はたして健全な社会と言えるのでしょうか。
不景気といいながら、ギャンブルに多額の金を投入する人が増える。あるいは、多額の借金を抱える多重債務者が増える。「儲かる」という魅力に惹かれて、優秀な人材が基幹的な産業を支える大企業ではなく、こうした産業に流れていくとしたら、やはり人材配置の面でも、私は問題を感じずにはいられません。
もちろん、若者の大多数が高収入を求めて、起業に走るということではありません。地道に企業で働きたい、という若者も多くいます。これらの若者が働きがいを感じながら、かつ日本経済の中核として活躍する場を提供するできるよう、労使の取り組みが必要でしょう>
日本はこれまで大企業中心に動いてきた。これ是正する意味で企業精神を鼓舞することも必要であろう。しかし、ただ「高収入」ということのためでは、これからの時代は成功しないだろう。起業家をめざす若者にはもう少し広い社会的視野をもってほしい。
また、日本の産業を支えてきたのは物作りを中心にした中小企業の高い技術力である。こうした現場で汗を流して働く人たちをも尊重し、彼等に希望と勇気を与えることのできる社会であってほしい。健全な社会とは、こうしたまっとうな労働を尊ぶ社会ではないだろうか。
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