橋本裕の日記
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2006年10月28日(土) グッドバイ・マイ

 3日間の文化祭が終わった。最終日の昨日はバザーで、わがクラスはうどんをつくった。そして一昨日は、演劇部の発表があった。これが終わったあと、部員たちと学校の近くのファミリーレストラン「ガスト」で打ち上げをした。(八千円あまりの出費、涙)。

 その日の帰宅は深夜の12時。昨日はいつもの時間に帰宅。疲れたが、解放感がある。無事終わってよかったという思いでいっぱいだ。

 演劇部の出し物は「グッドバイ・マイ」(作・小野川洲雄)という一幕物だった。舞台はいたってシンプルで、ただ階段状の物が背後に3つならんでいるだけ。舞台がシンプルなのは、ここが現実の世界ではないからだ。

 それは人がこの世に生まれてくる前に魂が留まる幽界である。人は皆誕生とともに、この特別の場所から白い門を出て、現実の世界に生まれ落ちる。

 さてこの世界に4人の誕生候補者がいる。黄郎、青太、桃子、みどり、である。そして4人を外界に送り出す案内役のマリアさま。それから彼等を誕生の白い門へと導く「白の使者」がいる。

 そして実はもう一つ、黒い門と、その門へと彼等を導く「黒の使者」がいる。黒い門を通ると、その先には「無」がある。つまり、この門を出た者は誕生することなく、この世から永遠に消滅することになる。

 4人の候補者はどちらの門から出るか選ぶ権利を持っている。そしてその権利を行使するために、生まれた後の人生の一場面をマリアさまから見せてもらえる。4人とも好奇心から自分の人生の様子を見てしまう。

 みどりは生まれたら、すぐにコインロッカーに捨てられる運命だ。その後どうなるかは分からない。思い切り泣き叫べば、あるいは誰かが発見してくれるかも知れない。

 桃子はスケバンになり、暴走族になる。そして交通事故を起こす。事故がどの程度のものか分からない。ひよっとしたら、命を失うことになるかもしれない。

 青太は毎日勉強ばかりしている。学校と塾、そして家でも勉強だ。ある日、人生に疲れてマンションの屋上へと向かう。飛び降りて死ぬつもりなのだ。ほんとうに飛び降りるかどうか、その先はわからない。

 黄郎は片手がない。生まれつきなのかどうかはわからないが、このため学校でも社会に出てからも、辛い思いをしそうだ。

 自分の人生をかいま見た4人は、絶望する。そして白い門から出ていくのをためらう。白い使者は「勇気を出して誕生しなさい」といい、黒い使者は「苦労をするのが分かっているのだから、生まれない方がよい」と「消滅」することをすすめる。

「勇気をお出しなさい。生きるのです」(白の使者)
「楽におなり。消えてしまえば、苦しさも、こわさも、すべて忘れられるんだ」(黒の使者)
「あきらめてはいけないよ。行こう私といっしょに。さあ!」(白の使者)
「あきらめて眼をつぶるんだ。おいで私と。さあ!」(黒の使者)

「断っておきますが、あなたたち、人生は一回きりですよ。消えるにしろ、生まれるにしろ、たった一度しかない人生です。生まれ変わったり、初めから生き直すことはできないのです。そこをよく考えて決めるのですよ」(マリアさま)

 劇はこの四人とマリアさまとの対話で成り立っている。セリフが多いので憶えるのが大変である。舞台に立つ寸前まで、舞台の袖で必死にシナリオをよむ部員たち。

「ぼく、勉強ばかりなんていやだ。自殺なんかしたくない。死にたくないよ」(青太)

「桃子、とりかえて。私なら遊んでばかりいないわ。あたし腕がなくてもいいの、黄郎。誰か、私と命をとりかえて、お願い」(みどり)

「誰だって生きたいし、幸福になりたいわ。そんなにいやなことが待っている未来に、なんのために私たちは生まれていくの」(桃子)

「闘うためです。自分の境遇、自分の能力、いや自分のためだけではない。世の中や社会のありとあらゆる不正や悪、みにくいものと闘うためです。子どもが捨てられたり、自殺したり、落ちこぼれたりしてはいけないのです。手や足が不自由な人が、堂々と生きていける社会でなければいけないのです。そうした世の中をつくるために人は生きるのです」(マリアさま)

「ぼく、どんなに苦しくても負けないよ。さわる、つかむ、投げる、道具を使う。文字を書く。おまえがなくてもがんばるよ。約束するよ。グッドバイ! マイ!」

 舞台は黄郎のこの言葉で幕を閉じる。そしてエンディングの音楽。ところで、一番苦労したのが黄郎を演じたM君で、毎日練習中に他の部員に叱られたり励まされたりして泣いていた、しかし、最後まで演劇を辞めるとはいわなかった。終わった後、幕が下りてから舞台で泣いていた、やったね、偉いぞ黄郎。

 それから何度も「やめさせて」と泣きついてきた青太も、最後は黄郎の尻を叩きながら、何とか劇を成功させようと、ほんとうにひたむきによくがんばった。桃子もみどりもよくやった。

 部長のマリアさん、どうもごくろうさん。舞台ではやさしいマリアさまだが、練習で部員を叱咤激励する君の迫力には、顧問もタジタジだったよ。私も何度「先生、しっかりしてください」と叱られたことだろうか。

 この鬼のような部長に最後まで押され気味だった、白の使者、黒の使者もごくろうさんでした。照明係りをボランティアで買って出てくれたA君も、にわか部員の照明係りのBさんもありがとう。放送係のCさんは休みがちで心配だったけど、当日は誠実に役目を果たしてくれて、どうもありがとう。君たちの一人でも欠けていたら、とても上演できなかっただろう。

 広い体育館でなかなか後ろまで声が通らなかった。その他、反省点は無数にあるが、まずは演劇部の門出の一歩としては成功だったと思う。

 一時は部員の不和などが露出して、シナリオが出来上がらず、顧問としても演劇部解散を覚悟したこともあった。それでもなんとか、演劇部自身が誕生の「白い門」を出ることができた。「グッドバイ・マイ」は、実は私たちの誕生の物語でもあったわけだ。

 学校の文化祭は大変で、毎年、これがなかったらどれほど楽なことかと思うが、終わってみると、ああ、やってよかったと思う、不思議な行事だ。今年はとくに演劇部の初舞台なのでずいぶん緊張した。困難な道のりだっただけに、「やった!」という喜びを感じた。

 夏休の2泊3日の合宿でも、シナリオもできておらず、毎日食事をして遊んでいるようなもので、「こんなことでいいのだろうか」と顧問としてはいささか不満だったが、無用の長物だと思っていた合宿も、一緒に食事をし、生活をしただけでも、貴重な体験だったことがわかった。今は部員達たちを誉めてやりたい。

 なお「グッバイバイ・マイ」は小野川洲雄さんのシナリオをそのまま使わせて貰らった。変更は「老人」の役を「マリア」のセリフに置き換えたくらいだが、これも部長がやってくれた。顧問はあまり仕事をしなかった。これからも、できればこのスタイルで行きたいと思っている。


橋本裕 |MAILHomePage

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