橋本裕の日記
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2006年10月23日(月) フラット化する世界と個人(2)

 トーマス・フリードマンの「フラット化する世界」によると、世界は2001年あたりからグロバリゼーションの新たな段階に入った。これからは国家や企業が主役ではない。フラット化した社会で、個人がどのように他者とコミュニケーションを築き、ゆたかな人生を築いていくかが問題になる。

 これは個人の実力がためされるわけだから、とても大変な時代だが、同時にとても刺激的で魅力的な時代でもある。フリードマンの本から、ケビン・ケリーの言葉を孫引きしておこう。

<今から3000年たって賢者が過去を振りかえったとき、2001年にはじまるわれわれの時代−−未来から見たら古代−−は画期的な新時代の始まりだと判断されるに違いない。

 ネットスケープIPOの前後数年のあいだに、人類はほんのちょっぴり知能を備えた動けない物体に息吹を吹き込み、グローバルな競技場でお互いに結びつけ、複数の頭脳を一つにした。これは地球上で最も驚くべき出来事だと認識されるはずだ。

 ガラスと伝播から神経を作り上げることで、われわれの種族はすべての地域、プロセス、事実、思考をつなぎ、壮大なネットワークをこしらえた。このできあがったばかりの神経系統から、われわれの文明のための共同作業インターフェイスが誕生した>

 光ファイバーで繋がれた世界は、ただの世界ではない。それは人々の思考がよりそい、共同して働く作業場でもある。彼等がアメリカに住んでいようがインドに住んでいようが、あるいはアフリカにいてもかまわない。

 フリードマンは本を書くとき、オンライン百科事典ウィキペディアをよく利用するという。もともとこの百科辞書はジミー・ウエールズがボランティアとしてやっていたものだ。ウエールズは2001年1月にウイキ・ウエブサイトに百科事典のページを載せて、ビジターが編集・加筆、修正できるようにした。

 最初数百項目しかなかった辞書が、数年後には世界中の人々の無償の協力で2万項目にふくれあがり、十数カ国語に翻訳された。こうした国境や民族をこえた共同作業が、世界がフラット化したことで可能になり、さらにフラット化を加速させることにもなった。

 ちなみに、「グローバリゼーション」の項目を書くために、この2年間だけで、オランダ、ベルギー、スウェーデン、イギリス、オーストラリア、ブラジル、アメリカ、マレーシア、日本、中国の協力者によって、90回の編集作業が行われたという。

 2005年末、ウイキペディアは一ケ月の閲覧が25億を越え、ウエブ上でもっともビジターの多いレファレンスサイトになった。毎日世界中の何千万人もの人が訪れ、フリードマンのような売れっ子のジャーナリストも本を書くために利用しているわけだ。「wiki」というのは、ハワイ語で「早く」を意味するのだという。

 人々は著名人や企業の情報もウイキペディアから得ようとする、そこでIBMは自社についての記述が正しいかを確認する専門スタッフを置いているという。ウイキペディアといい、グーグルといい、もはや私たちの生活の一部にさえなっている。企業もこれを無視できず、むしろこれをどう活用するかに智慧を絞っている。

 もちろん、政府もこの流れに遅れてはいられられない。フリードマンが国務省7階の長官室でコリン・パウエルにインタビューしたとき、パウエルはフリードマンに「グーグル革命」についてこう語ったという。

 2001年当時は何か必要な情報が欲しいときには補佐官に命じてとりよせた。たとえば国連の過去の決議案を要求したとする。そうすると少なくとも十数分、長いときには数時間も待たされる。ところが今ではグーグルに「国連安全保障理事会決議案242号」と打ち込めば、瞬時に目の前に現れる。

 すばらしいことに、グーグルなどの検索エンジンを使えば、私たちの誰もがアメリカの国務長官に負けない情報収集家になれる。グローバリゼーション3.0による世界のフラット化は、国務長官室とわれわれの書斎をも同等のプラットホームの上に置いた。
 
 情報が上から下に伝達され、命令系統にしたがって垂直に移動する時代は終わろうとしている。情報が多くの人々に平等に共有され、水平に移動する時代に私たちは踏みだそうとしている。


橋本裕 |MAILHomePage

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