橋本裕の日記
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2006年09月28日(木) 自己愛の社会心理学

 最近、若者の親殺しのニュースがよく報道されている。警察庁の発表によると、今年上半期だけで親を殺害した事件は過去最高の21件も発生しているという。

 たとえば、1月には岩手県盛岡市の高1男子が、「学校に行け」と無断欠席を注意された母親を殺害した。6月には奈良県小田原本町で、やはり高1男子が、成績不信を注意した医師の父親に反発して、自宅に放火し、母子3人が死んでいる。8月には北海道稚内市の高1男子が、母親の殺害を友人に30万円で依頼した事件が発覚している。

 どうしてこうしたことが頻発するのだろうか。教育評論家の尾木直樹さんは「格差社会の中で、我が子を勝ち組にさせるため、プレッシャーをかけている」と述べ、元検事の大澤孝征弁護士は「殺害した少年は愛されている実感に乏しい」ことを上げている。

 こうした事件の背景には色々な要因が重なっているのだろう。しかし、ひとつ言えることは、さまざまないきさつによって、いずれも「自己愛」の成長が阻害され、歪になっていたのではないかということだ。

 こうした自己愛パーソナリティ障害などの精神障害の問題を、社会心理学の立場から考察したのがフロムである。彼の代表的な著作である「自由からの逃走」(現代社会学叢書、東京創元社)から、関連した部分を引用してみよう。

<人間性は歴史的進化の所産ではあるが、ある種の固有なメカニズムと法則をもっている。そしてそれを発見するのが心理学の課題である>

<利己主義と自愛は同一のものではなく、まさに逆のものである。利己主義は貪欲の一つである。(略)利己主義は、まさにこの自愛の欠如に根ざしている。自分自身を好まない人間や自分自身をよしとしない人間は、常に自分自身に関して不安を抱いている。かれは純粋な好意と肯定の基盤の上にのみ存在する内面的な安定をもっていない>

<彼らのナルシシズムは、利己主義者と同じように、自愛が根本的に欠けていることを、無理に償おうとする結果である。フロイトは、ナルシス的人間はかれの愛を他人から却けて、それを自分自身にさしむけていると指摘した。この説の前半は正しいが、後半は間違っている。ナルシス的人間は他人をも自分をも愛していないのである>

<個人的な自己をすてて自動人形となり、周囲の何百万というほかの自動人形と同一になった人間は、もはや孤独や不安を感ずる必要はない。しかし、かれの払う代償は高価である。すなわち自己の喪失である>

<独創的とは、くりかえしていえば、ある考えが以前だれか他人によって考えられなかったということではなく、それがその個人のなかではじまっているということ、すなわちその考えが自分自身の活動の結果であり、その意味でかれの思想であるということを意味する>

<われわれの大部分は、少なくともある瞬間には、われわれ自身の自発性をみとめることができる。それは同時に純粋な幸福の瞬間である。一つの風景を、新鮮に自発的に知覚するとき、ものを考えているうちにある真理がひらめいてくるとき、型にはまらないある感覚的な快感を感じるとき、また他人にたいして愛情が湧きでるとき、このような瞬間に、われわれはみな、自発的な活動とはどのようなものであるかを知るであろう>

<他人や自分自身にたいしてにせの自我をあらわさなければならなかったりすることが、劣等感や弱小感の根源である。気がついていようといまいと、自分自身でないことほど恥ずべきことはなく、自分自身でものを考え、感じ、話すことほど、誇りと幸福をあたえるものはない>

<人間が社会を支配し、経済機構を人間の幸福の目的に従属させるときのみ、また人間が積極的に社会過程に参加するときのみ、人間は現在彼を絶望(孤独と無力感)にかりたてているものを克服することができる。人間がこんにち苦しんでいるのは、貧困よりも、むしろ彼が大きな機械の歯車、自動人形になってしまったという事実、かれの生活が空虚になりその意味を失ってしまったという事実である>

<デモクラシーは、人間精神のなしうる、一つの最強の信念、生命と真理とまた個人的自我の積極的な自発的な実現としての自由にたいする信念を、ひとびとにしみこませることができるときのみ、ニヒリズムの力に打ち勝つことができるだろう>

 「自由からの逃走」は1941年にアメリカで出版されている。コフートの「自己心理学」が確立する30年以上も前に、自己愛の大切さを主張している。フロムの社会心理学は、コフートが自己心理学を打ち立てるための大きな助けになったに違いない。

 一つの重大な犯罪の背後には数十倍の未遂や軽微な事件があるという。これをいかに防止するかについては、心理療法や大脳生理学からのアプローチが大切だが、フロムが主張するように、社会心理学的な視点も無視することはできない。

 コフートは臨床心理学の立場から、自己愛のメカニズムをより深く検証している。そして心理療法による解決として、「共感」の重要性に気付いた。こうした成果やさらに近年発達した脳科学の成果を踏まえることで、もう一段と深い社会心理学的アプローチが可能になるのではないだろうか。


橋本裕 |MAILHomePage

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