橋本裕の日記
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自己愛人間は自分の自我が傷つくことに過敏である。自我が傷つくと、防御的になり、さらには攻撃的になる。苛烈な他者への非難や攻撃は、見かけは勇ましく、自我の強固さを誇っているようにも見えるが、多くは弱さの裏返しである。
このことは本人もうすうす分かっている。そこで、自己愛人間は自己を強くすることに執心する。三島由紀夫のように武道に励んだり、仕事で出世をめざしたり、政界や経済界、学会で傑出した存在になろうと努力する。
そしてこれが成功して、他者から強者としてその存在が認められる場合もある。これによって、自己愛人間の自尊心は満たされるかもしれない。そうすると一時的には高揚感が得られて、劣等感からも解放される。
しかし、こうした外面的な成功は、自己愛パーソナリティ障害者の内面までは変えない。彼はさらなる賞賛を求め続けるだろうし、また他者への共感能力も持たないだろう。成功して見かけは意気揚々としていても、内実は貧寒としており、依然として葛藤を抱えている。現にアメリカではこうした成功者の多くが精神科医をやとい、精神安定剤を服用している。
和田秀樹さんはこうした自己パーソナリティ障害を持つ人々に、従来のフロイト流の精神分析的治療は対応しにくくなっているという。なぜなら、彼らに本当に必要なのは、みせかけの「自我の強さ」ではなく、むしろそうした自我の弱さを認め、他者と共存して生きていくことだからだ。そうしたなかで、ほんとうに安定した強固で健全な社会的自我が築かれる。そして何よりも大切な他者への愛や、共感力が育ち始めるわけだ。
こうした立場から新たな精神分析の方向を打ち出したのが、当時アメリカ精神分析学会会長の要職にあったハインツ・コフート(1913〜1981)である。
コフートの「自己心理学」は自己愛パーソナリティ障害に悩むアメリカ社会とそこで呻吟する人々を治癒するための優れた理論だが、とおからず日本にも必要になりそうだ。和田さんの「自己愛の構造」は、その時代を到来を見越していて、コフート理論のもっともすぐれた解説書になっている。
(参考文献) 「自己愛の構造」 和田秀樹著、講談社選書メチエ
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