橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
作家の吉村昭(79)さんが、7月31日に末期癌との闘病のはてに、自宅で自ら点滴の針を外して自死した。「週刊ポスト」の記事によると、吉村さんが舌癌を宣告されたのは昨年の2月で、さらに今年2月には膵臓癌も発病し、全摘手術を受けた。
一時は快復して自宅の周りを散歩していたが、7月になって病状が悪化した。今日、8割の人が病院で死を迎えている。しかし、吉村さんは延命治療には否定的で、自宅での尊厳死を臨む気持が強かった。遺作となった「死顔」(新潮10月号に掲載予定)にこう書いている。
<幕末の蘭方医佐藤泰然は、自ら死期が近いことを知って、高額な医薬品の服用を拒み、食物をも絶って死を迎えた。いたずらに命ながらえて周囲の者ひいては社会に負担をかけないように配慮したのだ。その死を理想と思いはする>
これを読んで、私は父の最後を思い出した。肝臓癌を患っていたが、父も高額な延命治療を拒み、自宅で寝ていた。かなり苦しく、つらかったようだが、母の手は借りずに最後まで用便も自分でしていた。断末魔の痙攣が襲いかかり、母が救急車を呼んだときも、自宅から出るときは姿勢を正し、集まってきた近所の人々に一礼したという。父は病院につくと昏睡状態に陥り、翌日死んだ。あざやかな死に際だと思う。
インドの聖人や中国の文人は、死期を悟ると断食をして静かに死を迎えたという。私自身、そうした死に憧れはするが、さて、自分にそれだけの覚悟があるかと聞かれれば、たじろがざるをえない。凡人には凡人にふさわしい死に方があるのだろう。
|