橋本裕の日記
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2006年08月20日(日) 山中の散歩

 午前中、S先生の別荘から少し離れた鱒釣り場まで、山の中の渓流沿いの道を一人で散歩した。この道は秋の紅葉が見事だそうだ。S先生はこの紅葉の美しさに惹かれて、ここに別荘を買ったのだという。今は青葉の季節である。これもまた、清々しくてよい。

 私はどうも集団生活というのが苦手で、合宿などというのはもとより性分にあわない。だから、一人になって木洩れ日の中を散歩していると、えもいわれぬ幸福感に襲われる。ひとりでいることが、こんなにすばらしくて、こんなにも恍惚とさせてくれるとは。我ながら孤独癖の強い生まれつきだと思う。

 途中、清水のわき出ているところで、顔を洗い、口をすすいだ。ハンカチで顔を拭いていると、緑の樹間を渡ってきた風が快い。これもまた、得も言えぬ快感である。思わずベートベンの「喜びの歌」を口ずさんでいた。

 鱒釣り場には家族連れの姿があった。魚釣りの趣味は私にはないが、人が釣っているのを見るのは好きだ。しばらく時間を潰してから、また山の中の道を引き返した。途中、蛇が車にひかれていたりしたが、滅多に車は通らない。人にもほとんどあわない。この静寂がよい。蝉の声、風の音ばかりだ。何という散歩によいところだろうと思った。

 散歩から帰ってくると、生徒たちは半分は部屋で眠り、半分は音楽を聴きながらお喋りしていた。台所ではS先生が葱を刻んでいた。生徒があまり動かず、その分S先生が孤軍奮闘している。来年退職するS先生は始終温顔だが、顧問としては何だか申し訳ない。私もS先生を手伝って、ラーメンの麺を袋から出したり、食器を並べたりした。そうしているうちに、生徒もやおら手伝い始めた。

 合宿のために、一人あたり5000円を集めたが、1万数千円残った。そこで、一人1100円ずつ返金した。2泊3日、大いに食べて飲んで、温泉に浸かって、交通費もただで、4千円でお釣りがくるわけだから、生徒たちにとってこれは安上がりの合宿である。しかもまだ残金が3500円あまり残っていた。それをお世話になったS先生に貰ってほしかったが、「部費の足しにしてください」と受け取らない。お金よりも、生徒たちの喜ぶ顔を見るのが楽しいのだろう。

 生徒たちを学校に送り、一宮の自宅に帰ってくると5時を過ぎていた。妻が「夕食にラーメンでも食べに行かない?」という。お昼がラーメンだったので、「ラーメンだけはいやだ」と答えた。結局近くの「角」というくるくる寿司へ行った。二人で2千5百円も取られたが、久しぶりに食べる寿司はうまかった。

 この数日間で、いちばんのご馳走は鉄板でみんなで焼いたバーベキューだろうか。しかし、私にはもうひとつ、とっておきのご馳走があった。それは「山の中の散歩」である。すがすがしい日差しに体を晒して歩いたこの夏の想い出は、しばらく私の中で生き続けだろう。幸福でいられるためには、ときにはこうして魂の栄養をたっぷり摂る必要がある。


橋本裕 |MAILHomePage

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