橋本裕の日記
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2006年06月05日(月) |
−かける−が+になる理由 |
スタンダールは「負の数に負の数をかけたら、なぜ正の数になるのか?」という問題でつまずいた。彼が数学を離れたのも、教師がだれもこれに満足する解答を与えられなかったからだという。
たしかし、マイナスを「負債」、プラスを「財産」だと捉えると、「負債×負債=財産」となってわけがわからなくなる。この式のどこがまちがっているのか。それは「負債×負債」というところだ。
かけ算に限らず、数式というものには意味がある。意味を度外視して掛け合わせても意味がない。負債どうしを掛け合わせるということが、どんな意味があるのか考えてみる必要がある。
「負×負=正」ということを理解するには、意味のあるかけ算を考えなければならない。たとえば、「時速4キロで東の向きに2時間歩いたら、どれだけ移動するか」という場合を考える。東向きを正の方向に取れば、この場合は、次の式であらわされる。
4km/時×2時間=8km
答えは、東に8kmだけ移動するということだ。 次に、西向きに2時間歩いたら、どれだけ移動するかという問題を考える。これは単位を省略して、つぎのように書けるだろう。
−4×2=−8
つまり、東向きとは反対方向(西向き)に、8km移動する。この例題から、「負×正=負」であることが説明できる。
それでは、東向きに時速4キロで運動していた物体の2時間前の位置はどのようにして計算すればよいのだろうか。二時間前だから、これを「−2」で表すと、
4×(−2)=−8
となり、西向きに8kmの地点であることがわかる。これで「正×負=負」という式が成り立つことが理解できる。そうすると、お目当ての次の式の意味もわかるにちがいない。
(−4)×(−2)=8
この式は、「西向きに時速4キロで移動している物体は2時間前には東向きに8kmのところに存在した」と解釈できる。これで「負×負=正」がなりたつことが理解される。
つまり、マイナスを含んだ加減乗除が可能なのは、数に向きを与えることができたからだ。そうすると、「時速×時間=距離」の公式が、マイナスの時速や時間も含めて成り立つ。「負×負=正」は無条件には成り立たないし、まして「負債×負債」など最初から意味のない式を考えるのは論外である。
大切なことは、数式もまた言語であって、それぞれが何かを「物語っている」ということである。言語である以上、それは単なる規則ではなく、意味を持っている。このことを忘れると、数学はただ無味乾燥な計算問題でしかなくなる。スタンダールもこう説明されれば、数学を「偽善」呼ばわりしなかったのではないだろうか。
公式を覚え、解き方を覚えればたしかに問題は解ける。しかし、数学をほんとうに好きにはなれない。数式を異国の言葉のように眺めている人には、数学はわからないし、面白くもないだろう。そしてそのような数学嫌いを大量に創り出したのは、現在の教育がまちがっているからである。
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