橋本裕の日記
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2006年03月20日(月) 人間の品格

 私が愛読している「阿川佐和子のこの人に会いたい」(週刊文春3/10号)のタイトルを見て驚いた。「中国が生意気なことを言ったら、張り倒さないといけない」という物騒なものだったからだ。

 対談者はお茶の水女子大学教授で数学者の藤原正彦さん。ベストセラー「国家の品格」の著者といったほうがわかりやすいだろう。対談から藤原語録をいくつか拾ってみよう。

<私は右翼でも左翼でもないから「侵略」は「侵略」なんです。昭和になってからの軍部の傲慢は大いに反省が必要です。ただもう百も千も謝ってますから、いまだにペコペコするのはとんでもない。中国が生意気なことを言ったら、張り倒さないといけない。さもないと、永久に土下座することになる>

<日本人は世界でも最も穏やかで謙遜な国民ですから、荒野だった満州に大金をつぎこみ近代化したなどと大声で言わないのです>

<産業革命の元にあるのは科学技術。その元にあるのは論理・合理。従ってこの二世紀の間は論理・合理が世界を支配しちゃったんです。とこころが今、世界の先進国はみな同じ悩みを抱えている。社会の荒廃とか少年少女の非行とか。子どもたちの本離れ、理数離れがある>

<今、小学校で独創性とか創造性を育むなんて余計なことをしていますけど、そんなことより美しいものに感動すればよい。美的感受性は日本人の十八番ですし、独創性のすべてなんですから。文章においても、数学でも科学でも。家庭と学校で美的情緒を教えることが大事>

<親も先生も自分が正しいと思っている価値観は、自分の子どもだろうと、他人の子どもだろうと押しつける。説明は不用です。正しいと信ずる価値を叩き込むことが家庭にできる最もすばらしい国家への貢献になりますね>

 藤原正彦さんの主張には共感できる部分もある。しかし、「美的情緒」を強調するあまり「論理」や「合理」を否定し、「反知主義」に傾きすぎている。ざっくばらんなところはいいとしても、内容はいささか調和と深みに欠け、矛盾や辻褄の合わないところがあって、とても品格があって美しいとはいえない。

 しかし彼の20年以上前の著作「若き数学者のアメリカ」は大変面白く、東大の数学科に行った教え子にも推薦したことがある。その頃藤原さんはアメリカ礼賛だった。その後、ケンブリッジに留学してからイギリスにかぶれ、今は完全に日本中心の情緒主義に回帰している。

 彼の考え方に独創性があるわけではなく、日本が生んだ天才的数学者であった岡潔さんの二番煎じだ。岡潔さんについては私は大変評価し尊敬している。ニセモノにだまされないために、「人間の中心は情緒だ」と言い切る、本家本元の文章の凄さを少しだけ味わってみよう。

<私は数学なんかをして人類にどういう利益があるのだと問う人に対しては、スミレはただスミレのように咲けばよいのであって、そのことが春の野にどのような影響があろうとなかろうと、スミレのあずかり知らないことだと答えて来た>(春宵十話)

<何よりいけないことは、欠点を探して否定することをもって批判と呼び、見る自分と見られる自分がまだ一つになっている子供たちにこの批判をさせることである。こうすれば邪智の目でしかものを見られなくなり、本当の学習能力はなくなってしまうのである。こましゃくれたクラス活動、グルーブ活動もいっさいいけない。そんなひまがあれば放任して、遊びに没入させるに越したことはない>(春宵十話)

<欧米の数学者は年をとるといい研究はできないというけれども、私はもともと情操型の人間だから、老年になればかえっていいものが書けそうに思える。欧米にも若いうちはインスピレーション型でも、年をとるにつれて境地が深まっていくという型の学者はいるが、それをはっきりとは自覚していないようである>(春宵十話)

<いかに小さくても麦は麦、いかに大きくても雑草は雑草であるような、そういうものが見たい。しかしもっというのなら、本当の調和は午後の日差しが深々としていて、名状しがたいようなもののことなのだ。

 このことがわからずに、芸術はなく、平和というものもわかるはずがない。日本では戦争をしないことを平和だと思っているが、そんなことはかたちだけのことで、内容がない。調和のあるものこそが平和なのである>(紫の火花)

 岡潔さんの文章はあくまで論理的でありながら、そこに深い情緒を湛えている。その視線は澄んでいて、物事の本質にしっかり届いている。岡さんならまちがっても、「張り倒す」などという品性のない発言はしないし、もとよりそうした発想もしないだろう。私の見るところ、藤原正彦さんは岡潔の不肖の息子といったところだ。

(参考サイト)
http://www.kumin.ne.jp/njma/eee/d-170.html


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