橋本裕の日記
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2006年03月04日(土) 男の創られかた(2)

 旧約聖書では女は男の一本の肋骨から創られたことになっている。一方、現代科学の教えるところによれば、哺乳類では受精卵のなかにY染色体があればオスになり、なければメスになる。それでは、Y染色体はどのようにしてオスを創るのか。

 最近の生物学はY染色体上に性決定遺伝子が存在することをつきとめている。その発見の過程がサイクス博士の「アダムの呪い」に書かれている。

<数ヶ月にわたる研究の結果、ディビッド・ペイジはある遺伝子を発見し、それにDP1007という記号をつけた。ペイジが見つけた遺伝子には、すでによく知られたタンパク質の一種と非常によく似たタンパク質をつくるためのDNA配列がふくまれていることが分かった。

 これは「転写因子」と呼ばれるもので、その役目は、装置のスイッチを切り替えることだった。つまりほかの遺伝子のスイッチを入れたり切ったりするのだ。これ以上うれしい結果はないだろう。男性をつくりだすのに必要なものが、すべてたったひとつの遺伝子にふくまれているとは、それまでだれも想像したことすらなかった。

 もしそのとおり、性がたったひとつの遺伝子で決まるのなら、それはいわばマスター・スイッチだ。そのスイッチがいったん入れば、男性をつくりあげるために必要なプロセスが、つぎからつぎへと進行していくことになる>

 ところが、1987年アメリカの有名な科学雑誌「セル」のクリスマス・イヴ号を飾ったこの大発見はじつは誤りだった。ペイジの発見したDP1007(ZFY遺伝子と改称)はやがて失脚する。ZFY遺伝子を欠いたXX型の染色体をもつ男性(!)が発見されたからだ。

 ZFY遺伝子を欠いても男性になれるばかりか、Y染色体さえ性決定の因子にならないことがあることがわかった。これではなにもかもぶちこわしである。しかし、ペイジのライバル関係にあった研究チームがこの苦境を救った。

 このチームはY染色体上にまもなく別の遺伝子をみつけた。この遺伝子もまたスイッチの役目を持っていた。このチームはこの遺伝子にSRY(性別決定地域)という名前を付けた。1990年7月の「ネイチャー」にこの発見が発表された。

 SRYがその名前の通り、ほんとうに性決定遺伝子かどうか、さまざまな検証が行われた。やがてグッドフェローとバッヂたちのチームが決定的な決め手を得た。SRY遺伝子だけを含むDNAの小さな断片を、授精したマウスの卵子に注入したところ、XX染色体を持ちながら、完全にオスの体をしたマウスが生まれたのだ。

<X染色体が2本のオスのマウスには生殖能力がないので、そのマウスが次の世代をつくり出すことはなかった。それでも、そのマウスはあきらめなかった。メスのマウスと同じかごに入れられると、6日で4度も交配を繰り返したのだ。マウスの平均からすれば立派なものである。

 この劇的な性の転換、つまりもともとメスだったはずのマウスが、SRYひとつでオスになったという実験結果が、男性を生み出すマスター・スイッチの長い探求の旅に終止符を打つことになった。科学者たちが、性決定の秘密を握るのはY染色体だと気付いてから、じっさい隠れた遺伝子そのものをつきとめるまで、30年という長い歳月が流れていた>

 妊娠して最初の6週間は、まだ胎児は男女の区別はない。妊娠7週目になると、Y染色体のこのマスター・スイッチがオンになる。しかし、その時間はたったの数時間だけのことである。このわずかな時間で、SRY遺伝子は特別なタンパク質を作りだし、これが他の染色上にあるさまざまな遺伝子を目覚めさせる。

 そうして目覚めた多くの二次的な遺伝子のグループが協同して、性別のなかった生殖腺を精巣へと変化させ、やがてその精巣がつくり出すホルモンによって、ペニスや陰嚢などがかたちつくられ、個体は男としての形質を獲得していく。

 Y染色体をもたない胎児は、SRY遺伝子によるこうした霍乱的な刺激をあたえられないので、誰からも邪魔されることもなく、ほんらいの女としての成長過程をあゆみ続ける。妊娠20週目になると、男女の解剖学的な変化はおおかた完成する。だからこの頃になると、超音波検査で胎児の性別が確認できるわけだ。

 サイクス博士はこうした過程を説明した後、「Y染色体が女性になるのを必死になってくい止める様子が、理解いただけたと思う」と書いている。さらにくわしく知りたい人は「アダムの呪い」を読まれるとよい。

 世の中にはXXの染色体を持ちながら、男性である人がいる。こうした人はやはりどこかの染色体にSRY遺伝子が紛れ込んでいるわけだ。非常に珍しいことだが、そうした事例も報告されている。厳密に言うと染色体型だけでは、男女を判別できないわけだ。 

(参考文献)
「アダムの呪い」 ブライアン・サイクス著 ソニー・マガジンズ


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