橋本裕の日記
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高校生の頃、ディケンズの「オリバー・ツイスト」を読んだ後、18世紀のイギリスに興味を持って、サッカレーの「虚栄の市」をよんだ。確か岩波文庫で読んだはずだが、書棚をさがしても見当たらない。処分してしまったのだろう。
サッカレー(1811〜1863)はデケンズと並ぶビクトリア時代の人気作家だが、作風はまるでちがう。ディケンズが下層に生きる人々を温かい筆致で描いたのに対して、サッカレーは上層階級の社交界をどちらかというと冷笑的に描いた。この二人は同じ時代に生きながら、生まれも性格も作風も反対で、ときには反目したが、友人でもあったのだという。
「虚栄の市」は1847年から1848年にわたり、「Vanity Fair」という表題で分冊で発表された。「オリバー」に少し遅れて世に出たわけだ。これも「オリバー・ツイスト」どうよう、何度も映画化された。
物語は裕福な商人の娘であるアミーリアと、生まれは貧しいが聡明で勝ち気なレベッカ(ベッキー)という二人の女性の人生を対照させながら展開する。読み始めると面白くて、夢中で読んだ記憶がある。アマゾン・コムに内容の紹介があるので引用しよう。
<19世紀初頭,ロンドン.上昇志向のベッキーと淑やかなアミーリアが女学校を終え世間へ踏み出す。大英帝国の上層社会、そこは物欲・肉欲・俗物根性うずまく〈虚栄の市〉。植民地経営とナポレオン戦争を背景に浮沈する、貴族、有産階級の人生模様。
ベッキーは首尾よく名家の次男坊と結婚,野心も新たに社交界の頂点スタイン侯爵に近づく。一方アミーリアには悲運が続く。ナポレオン進軍で全欧が震撼し株価暴落で実家は破産、やがてワーテルローから夫の戦死の報が…ロンドン、ブライトン、欧州を舞台に展開するイギリス版「戦争と平和」、前半の山。
英国はナポレオンに勝利した。だが戦争未亡人アミーリアは零落した実家で息子だけを生き甲斐とする毎日。孫をめぐる婚家の画策と母子を見守る夫の親友ドビン。一方ベッキーは夫も息子も顧みず社交界を泳ぎ回り、大富豪スタイン侯爵に近づくが…。
賭博場をさすらうベッキーとの予期せぬ再会。亡夫を追慕するアミーリアに旧友は15年前の手紙を突きつけ迷妄を醒ましてやる。しかし、ああ、空の空―虚栄の社会はなおも続き…人間絵巻ついに完結。“悪女”最後の疑惑を読者にのこして>
アマゾンコムにはこんな読者の感想も寄せられている。よく書けていると思うので、これも引用させて貰おう。
<これだけ軽やかに、華麗なまでにしたたかに生きられるというのは、関係者への甚大な迷惑は別にしてもなかなかスゴイ。ここまでくると賞賛の念にも似た気持ちがわいてしまうから困る。
ベッキーに引っかかった人々にはお気の毒だが、そもそも彼女の人間性や手練手管はドビン氏のように物事の善し悪しが見える眼を持った人ならきちんと見抜くことが出来ているわけであるし、彼女の犠牲者達はある意味自業自得とも言える。まことにご愁傷様なのである。
頼る人とてない孤児の身のベッキーは人生の荒波を自分で生きていかなくてはならなかったのだから、彼女の主な獲物である良家の人々が割合ころっと騙されるのもうなずける。なにせ人生経験と意気込みが筋金入りなのだ。
ただ、自分に掛け値なしに優しくしてくれたアミーリアにだけは微妙に悪人になりきれていないのも、私がついベッキーをひいきしてしまう理由かもしれない。それにしても、初めて読んだ頃は圧倒的にアミーリアを支持していたのに、私も年を経て人間が丸く(?)なったのか(笑)
この小説は、筋立てはもちろん、当時の英国の風俗や社会背景、階級、独身女性の生き方など、興味深い事柄が本当にたくさん散りばめられているので、そういった事にも注意しながら読むと何倍も楽しめると思う。ヴィクトリア朝の社会や文化のおおまかな雰囲気がつかめるのでは。また、随所に現れる挿絵もとても素敵だ>
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/ 4003222741/250-8601363-5809006
ベッキーの上昇志向の生き方は、起伏に富んでいて、読んでいて面白かったが、読後感としては物足りないものがあった。「オリバー・ツイスト」に感じたほどの作品としての深みや感動がない。「オリバー・ツイスト」の文庫本が残っているのに、「虚栄の市」が残っていないのもそのせいかもしれない。
いずれにせよ、ビクトリア朝のイギリスを知るには、この二人の対照的な作家の作品を、合わせ鏡のようにして読んでみるとよい。そこに生き生きと描かれている「下層」と「上層」に生きる人々の心の世界は、現代にも通じる普遍性をもっているように思う。
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