橋本裕の日記
DiaryINDEX|past|will
先日書店へ行って、養老孟司さんの「バカの壁」を30分ほどかけて立ち読みした。刺激的な題名である。書店に山積みされていたから売れているのだろうが、とくに新しいことが書かれているわけではない。昔から言われていたことを、現代的なレトリックでうまく表現している。
養老さんは「話せばわかる」なんて大嘘だという。人間はだれも「バカの壁」を築いて、知りたくないことに耳を貸そうとしない。「バカの壁」とは自分と外界を遮断するひとりよがりな心の壁のことである。人はだれしもこういう壁を築いて自我を守っている。自分は学問があると自惚れている輩ほど、この「バカの壁」が高い。大学教授がそうだ。東大生もそうだという。
バカの壁が築かれるのは、もともと人間に脳というモノを考える機関があるからである。この脳が様々な幻想を作り出す。その幻想のなかでも最悪なのが、自分は真実を知っているという幻想である。「バカの壁」の正体は何かといえば、こういう思いこみである。
その昔、ソクラテスは「お前達は最悪のバカだ。なぜなら、自分がバカだということを知らないバカだからだ」と言った。ソクラテスのこうした態度は、「自分はカシコイ」と考えていた人たちには我慢がならなかった。バカは自分がバカだと言われると、プライドを守るためにますますバカの壁を高くするものだ。そして彼らはいちゃもんをつけて、とうとうソクラテスを処刑してしまった。
私たちもこのアテネの人々のバカさ加減を笑ってばかりはいられない。養老さんは現代において戦争やテロや紛争が絶えないのは、こうした「バカの壁」せいだという。「バカの壁」は民族や宗教上の対立を生み出す。民族も宗教も国家もすべて脳が生み出した観念でありフィクションなのだが、こういうものを金科玉条のように振り回すからあぶなくてしかたがない。
しかし「バカの壁」は容易に崩れない。なにしろ自分がバカだと気付かせないのが「バカの壁」の存在理由なのだから、バカがバカの壁に気付くことはほとんどありえないことだ。かくして人は一生、自分の脳が作り出した「バカの壁」のなかで、そこが幽閉された世界だとも知らずにみじめな囚人の人生を送ることになる。
それでは人間はどうしたらこの「バカの壁」から抜け出せるか。それは私たちが自分の牢獄生活の貧しさに気付いたときである。そして自分以外の世界にほんとうに関心を向けたときである。外界に対する本物の興味と関心、他者に対する尊敬や尊重、利己的でない愛情、単に競争的ではない共生的な生き方、そうした開放的な無私の心を自らのなかに育てることによって、私たちは堅牢なバカの壁を、透明な一陣の風に変えることができる。
|