橋本裕の日記
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24.あかね雲
新聞専売所に着くと、主人もおばさんも配達に出たあとで、ジーンズの芳子が夕刊を自転車に積んでいた。 「卒業、おめでとう」と、私が声をかけると、 「橋本さんはいつ金沢を発つの?」 「明日、荷物を送りだしてから」 「私も名古屋へ行こうかな」
芳子は私の顔を見てくすりと笑った。そして、私の方に手を差し出してきた。芳子の手は意外にあたたかだった。私は微笑もうとして顔がこわばった。 「明日、お見送りはしないわよ」 「うん」 私は別れの言葉も口に出せずに、彼女が自転車で遠ざかるのを見送った。
途中のスーパーで夕食用の焼き魚とおむすびを買うと寺に帰ってきた。山門の石段に近所の少女が腰を下ろしていた。そよ風の中でスカートの膝に頬杖をついて、夢見るように遠くを見ていた。
この四月に中学生になるらしい彼女は体つきもやわらかく変わっていた。樋口一葉の物語の中の少女を思い出して、女の徴があったのだろうかなどと想像した。私は傍らを通り、後ろの石段に立って、彼女の白いうなじと、彼女が眺めている街の景色を眺めた。 甍の波の上にはひとすじの茜雲がただよっていた。(完)
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