橋本裕の日記
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2003年07月18日(金) あかね雲

23.タンポポ

 年が明けて何事もなく日が過ぎた。境内の杏が花を着けはじめた三月のある晴れた日、私は陽気に誘われて、内灘へ行った。いつものようにアカシア林の丘を越えて、砂浜の海岸へ出た。芳子と来たのはもう二年も前だった。その時とおなじく、紺碧の日本海から吹き寄せる風が冷たかった。そして白山連峰が白かった。
(白山がきれい)
 芳子の言葉を思い出した。

 じっと見ていると、白い連山の勇姿が翼を広げた鳥のようにも思えてきた。そこに漲っている力が清々しかった。私は再び紺碧の海を見つめ、波の音に耳を傾けた。それからアカシアの林を歩き続け、仰向けに倒れた。頭上に広がる空の青が心にしみてきた。

 私はふと、自分が夢想した心の宮殿を思い浮かべた。それが今は小さくみすぼらしく感じられた。
(その装いこの花の一つにもしかざりき)
 私はマタイ伝の一節を思い浮かべた。そして日溜まりの砂地に咲いているタンポポを少し淋しい気持で眺めた。 

 それから二日後、引っ越しの荷造りを終えた私は、散歩がてら新聞専売所まで歩いた。浅野川の橋を渡っていると、自転車が二台やってきた。一台は私と同じ年格好の青年で、その後を弘子が走っていた。

 彼女は私に気付いて会釈したが、表情がぎこちなく固まっていた。そんなナイーブな彼女を見たのは初めてだった。
(新しい恋人ができたのかな)
 一緒に名大の大学院に受かっていたら、自転車の二人は私と弘子かもしれなかった。私は卯辰山の方に去っていく二人を見送ったあと、あてもなく浅野川の畔を歩いた。


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